284話「偶然」
孝之とともにやってきたのは、たまたま見つけた味噌ラーメン屋さん。
中々女性連れでは入り辛いのだが、今日は食べ盛りの男同士。
即決でここで食事を済ませることに決定した。
何故味噌ラーメンなのかと言えば、それは地元にはほとんど味噌ラーメンのお店がないからというだけの理由。
そんなわけで、注文後程なく出てきた味噌ラーメンに二人で舌鼓を打つのであった。
こうして手早く昼ご飯を済ませた俺達は、場所を移動することにした。
ここから先は特に目的もないのだが、やはりまだ帰るには早いしもう少しだけせっかくの都会を楽しんでいくことにした。
そうして孝之とともにやってきたのは、日本一の電気街。
駅から出てみれば、そこはさっきとは全く違う光景が広がっていた。
「うわぁー、初めて来たけどやっぱ凄いな」
「だな」
俺も孝之も、この街へ来るのは今回が初めて。
街にはビラ配りをするメイドさんや、アニメの広告などがあちこちに見られ、まるで異世界のようだ。
そんな、ただ歩いているだけでも観光気分になれる街並みを楽しみつつ、二人で目的もなく歩いて回る。
「よ、良かったら遊びに来ませんかっ!?」
道中、ビラを片手に声をかけてくるメイドさんもいたのだが、どこか必死な様子に思えたのは気のせいだろうか。
生憎、彼女に黙ってそういうところへ遊びに行くつもりのない俺達は、せっかくだけれど丁重にお断りを入れる。
そんなこんなで、辿り着いたのは大きな書店。
別にわざわざ今買う必要もないのだが、そう言えばまだ買っていないマンガの新巻が出ていること思い出したから買って行くことにした。
「お、あった」
漫画コーナーへやってきた俺は、お目当ての漫画が棚に積まれているのを確認して手を伸ばす。
すると、完全に同じタイミングで横から伸びてくるもう一つの手――。
つい気になって振り向くと、相手も同じくこっちを向いたかと思うと、慌ててその手を引っ込める。
「ふぇ!? 嘘!?」
そして、何故か俺を見ながらそんな声をあげる。
キャップを深く被り、色の薄目のサングラスに大き目のマスク姿をした女の子。
その様は、不審者スタイルでコンビニへやってくるしーちゃんに近いものを感じる。
そんな彼女は、明らかに俺のことを見ながら驚いている様子だった。
「えっと……」
しかし、似ていても相手はしーちゃんではないため、俺は反応に困ってしまう。
でも、どこかその声には聞き覚えがあるような……。
「……あ、わたし、柊千歳です」
「え!? な、なんでここに!?」
その言葉とともに、かけていたサングラスを外す。
驚いた……。
まさかこんなところで、現役のエンジェルガールズに会うなんて思いもしなかった。
「今日はたまたまお休みで、それで今ハマっているマンガを買おうかなと思いまして……。あ、あの! たっくんさんもこれ、よ、読んでるんですね!」
そう言って柊千歳ことちぃちぃが指差すのは、今俺が取ろうとしていたマンガの新巻。
所謂ダークファンタジーの作品で、結構深いテーマのあるマンガだ。
「あ、うん。えっと……千歳さんも好きなんだ?」
「は、はい! 続きすっごく楽しみにしていて、やっと今日買えると思って買いに来たんです!」
キラキラと瞳を輝かせながら、そう熱弁するちぃちぃ。
その外見からはちょっと意外というか、まさかちぃちぃもこういう作品が好きだとは思わなかった。
そこへ、他の棚を見ていた孝之も合流すると、俺と話している相手がちぃちぃだと気が付くとのけ反りながら驚く。
「うぉ!? な、なんでここに!?」
「あ、どうも。この前のアイドルフェスぶりですね」
「お、覚えててくれたんですか!? うわ、嬉しいなぁ!」
「もちろんですよ」
笑い合う美男美女。
美少女揃いのエンジェルガールズ、もちろんちぃちぃも超が付くほどの美少女である。
そんなちぃちぃと孝之二人の姿は、それだけで絵になるというか、ケンちゃんの言う通り完全に芸能界のそれに思えた。
「今日はお二人で、お買い物ですか?」
「ああ、うん。洋服を買って、それからついでにここへ来てみたんだ」
「そうだったんですね! 凄い偶然もあるんですね」
都会のとある書店の一角で、現役アイドルとばったり出くわしてからのそんな世間話。
確かに凄い偶然と言えるだろう。
そして何より、こんな風に会話をできるのはしーちゃんが特別な存在であるおかげに他ならない。
そんなことを再確認しつつ、俺はちぃちぃと同じ本を手にしてお会計を済ますのであった。
「えへへ、今日はお会い出来て良かったです! また明日、メンバーにも自慢しようと思います!」
「自慢って、そんな」
自慢するのはこっちであって、完全に逆だろう。
それでもちぃちぃは、満足そうな笑みを浮かべる。
「ではでは、またお会いしましょう!」
そう言って頭を下げたちぃちぃは、停まっていた家族の待つ車に乗り込んで去って行った。
どうやら本当に、このマンガを買うためだけにここへ立ち寄ったようだ。
「流石は大都会だなぁ。アイドルとプライベートで会えるなんてなぁ」
「そうだな」
去って行く車を見送る孝之の呟きに、俺も同意する。
「まぁそういう意味だと、三枝さんと付き合ってる卓也ってやっぱ凄いよな」
「いや、それはまぁ……そうなるのか?」
「そりゃそうだろ!」
おかしそうに、俺の肩をバシバシ叩く孝之。
たしかに言われた通り、彼女が元でもエンジェルガールズのメンバーだなんて、世界でたった五人にしか許されていないわけで。
そう思うと、やっぱりこれって凄いことだよなと自分でも再認識するとともに、しーちゃんに会いたくなってしまっている自分がいるのであった。
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