285話「非日常」

 ちぃちぃと別れてから、俺達はもうちょっと街ブラを楽しむことにした。

 地元とは全く異なるその街並みは、やっぱり歩いているだけでも楽しくて、これまで見たことのない様々な発見をすることができた。


 そして気が付くと、あっという間に時間は経ってしまっており、そろそろ帰ろうかと帰りの電車に乗り込んだ。



「いやぁ、服も買えたし楽しかったなー! やっぱ、都会すげーわ!」

「だな」


 ずっと歩きっぱなしだった俺達は、ぐったりと座席に身を委ねる。

 でもこの疲労感も嬉しいというか、今日は一日男水入らずで遊び尽くすことができた満足感に満たされていた。


 ブーブー。


 すると、ポケットに入れたスマホのバイブが鳴り出す。

 何だろうとスマホを取り出してみると、それはしーちゃんからのLimeの通知だった。



『たっくん!! 今日、ちぃちぃに会ったんだって!?』



 慌てて送ってきたのであろう、その勢いの感じられるLimeのメッセージ。

 きっとちぃちぃから今日会った話を聞いて、すぐにLimeを送ってきてくれたのだろう。



『うん、書店でバッタリね。孝之と一緒に買い物に来てたんだ』

『そうなんだね!! わたしもたっくんに会いたい!! ちぃちぃばっかりズルいよ!!』


 そんなメッセージとともに、うるうると涙ぐむしおりんスタンプが送られてくる。

 この間会ったばかりだというのに、こうして会いたいと言ってくれるしーちゃんに、俺は嬉しさから電車の中だけれど思わず吹き出してしまう。



「ん? どうした?」

「いや、ちょっと帰ってからも用事ができたかも」

「そうか……そうだな、俺も同じかも」


 わざわざ言葉にしなくても、きっと何のことか想像がついたのだろう。

 そう言うと孝之も、楽しそうな表情を浮かべながら自分のスマホを取り出し、Limeのメッセージを入力し始める。

 その送り主が清水さんであることは、同じく言葉にされなくてもすぐに分かった。


 だから俺も、うるうるするしーちゃんにLimeを返す。


 駅に着いたら、俺も会いたいと――。



 ◇



 電車を乗り継ぎ、地元の駅に到着した。

 今日行った大都会とは違い、いつもの見慣れた駅のホーム。

 そんな馴染みの風景に、非日常から日常に帰ってきたことを感じる。


 しかし、そんな駅の改札をくぐった先では、日常の中の非日常が待ってくれていた。



「あ、来た!」


 そう言って大きく手を振るしーちゃんと、その隣には小さく手を振りながら微笑む清水さんの姿。

 俺と孝之から連絡を貰った二人は、俺達の到着を駅で待っていてくれたのである。


 二人はそれぞれ俺達の彼女で、最も身近の異性。

 それでも、こうしてふと客観的にその姿を見た時、やはり周囲の人とは異なるその特別さを痛感することがある。


 他にも女性は沢山いるけれど、それでも二人はそこに居るだけですぐに分かってしまう。

 そんな絶世の美女と呼ぶに相応しい二人の姿に、俺と孝之は互いに顔を合わせて笑い合い、お待たせと声をかけて合流した。



「え、二人ともなんか……」


 すると、何かに気付いたしーちゃんはそう言って清水さんに同意を求めると、清水さんもその頬を赤らめながらうんうんと頷く。



「え? どうかした?」

「どうもこうも、さては二人とも、ケンちゃんのお店に行ってきたでしょ?」


 しーちゃんのその言葉に、俺も孝之も成る程と納得する。

 すっかり当たり前になっていたけれど、そう言えば俺達は今日買った服に着替えていたのだ。

 孝之はもちろん、俺もこれまでとは少しテイストの違う服を着ているから、しーちゃんの目には新鮮に映ったのだろう。



「ど、どうかな?」

「す、すごくカッコイイ、よ?」


 照れる孝之の言葉に、同じく照れながら返事をする清水さん。

 そんな顔を赤らめ合う二人が初々しくて、俺としーちゃんは微笑みながら顔を見合わせる。


 そしてしーちゃんは、そっと俺に耳打ちをしてくれる。



「……たっくんも、カッコイイよ?」


 そのこっそりと伝えられた言葉と、真っすぐ向けられるはにかんだ表情に、俺も顔が熱くなってきてしまうのは全くもって仕方のないことだろう。


 最も身近な、日常の中の非日常。

 そんな、ずっと特別な存在の微笑みを間近で見られるだけで、俺はこれからもこうして心を奪われ続けていくのだろう。



「よし! そんじゃ、良い時間だし四人で飯でもいこーぜ!」


 孝之の言葉に、俺達は頷き合う。

 そうして俺達は、今日は駅前にある某有名イタリアンレストランへとやってきた。


 思い思いに注文した料理を食べながら、今日の思い出話をしーちゃんと清水さんは楽しそうに聞いてくれた。

 それからこの夏休み、やりたいことや宿題の話など、楽しい会話の話題が尽きることはないのであった。


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