279話「ピカイチ」

「たっくん! ホームランすごーい!!」


 バッティングを終えると、そう言って大喜びしながらしーちゃんが出迎えてくれる。

 周囲の目もあるし、ちょっと恥ずかしくなりつつも素直に嬉しかった俺は、ヘルメットを外すと頭を掻きながらありがとうと返事をする。



「よし、じゃあ次はわたしだね!」

「え?」

「たっくんはそこで見ててね!」


 そう言ってしーちゃんは、俺の手からヘルメットとバッドを受け取ると、そのまま入れ替わりでバッターボックスへと向かう。

 どうやら本当にやるつもりのようで、迷いなくお金を投じるしーちゃん。


 大丈夫かなと心配になりつつも、あまり過保護になり過ぎるのも良くなかと思い、一先ず俺は後ろからしーちゃんを見守ることにした。



「バッチこ~い!!」


 しかし、当の本人は完全にやる気満々。

 バッドをぎゅっと握り、ボールが飛んでくるのを待ち構えるしーちゃん。


 その姿は結構様になっているというか、元々運動神経の良いしーちゃんは、基本的に何でも卒なくこなせてしまうのである。


 そして飛んでくるボールを、初球からバッドで打ち返すしーちゃん。

 その打球に、まだこの場に残っている人達から「おぉー」という驚きの声が上がる。

 それからもしーちゃんは、たまに空振りはするものの、結構な確率で打球を打ち返すのであった。


 中にはライナー性の良い当たりもあり、やっぱり何でも出来てしまうしーちゃん。



「あはは、やっぱりホームランは無理でした」

「でも凄いよ、あんなにも打ち返して」

「えへへ、バッドに当てることを意識したら、意外と打てちゃいました」


 ヘルメットを外しながら、やり切った表情で楽しそうに微笑むしーちゃん。

 そんな姿もやっぱり可愛くて、今もこうして一緒にデート出来ていることが改めて嬉しくなってくる。


 周囲の人達も、そんなしーちゃんを拍手で讃えており、何て言うかこの場に一体感みたいなものまで生まれていた。

 それもきっと、しーちゃんの持つ特別なアイドル性のおかげだろう。



「はぁー、動いたら喉乾いちゃったな! あそこのベンチでちょっと休憩しない?」

「そうだね、休憩しよっか」


 しーちゃんの提案に従って、自販機でジュースを買って二人並んでベンチへ座る。

 バッドがボールをはじき返す音をBGMにしながら、二人で何をするわけでもなく一緒にくつろぐ。



「初めて来たけど、楽しいところだね!」


 オレンジジュースを飲みながら、そう言って楽しそうに足をパタパタと動かすしーちゃん。

 そんな仕草の一つ一つがやっぱり可愛くて、一緒にいるだけで幸せな気持ちに満たされていく。



「じゃあこれ飲んだら、ゲームセンターの方にも行ってみる?」

「うん、行きたい!」


 併設されたゲームセンターの方を向いて、しーちゃんはパァっと楽しそうに微笑む。

 その仕草はどこか子供のようで、無邪気な可愛さがあった。


 でもそれは、本来こういうところで遊んでいたような時間も、しーちゃんはずっとアイドルとして活動してきたから知らないのだ。

 だからこそこの夏休み、しーちゃんにはこれまで出来なかったことを色々と楽しんで貰いたい。


 そう改めて思いながら、ジュースを飲み終えた俺達は次にゲームセンターへ向かうことにした。



 ◇



「わぁ! なんかいいね!」


 決して広いわけではなく、置いてあるゲーム機も年季の入った感じの昔ながらのゲームセンター。

 でもしーちゃんからしてみれば、それがまた味になっていて興味を引かれているようだった。



「ねぇたっくん! あれやりたい!!」


 そう言ってしーちゃんが指差すのは、迫りくるゾンビを銃で撃つシューティングゲーム。

 二人同時プレイが可能で、専用のボックスの中に入って楽しむタイプのゲームだ。



「大丈夫? ゾンビとか出てくるみたいだけど」

「大丈夫だよ! 行こっ!!」


 一応ジャンル的には、ホラーゲームであろうそのゲーム。

 お化けが苦手なはずのしーちゃんだが、今回は全く躊躇せず自ら進んでそのゲーム機の中へと入っていく。


 まぁそれならばと、俺もしーちゃんの後に続いてゲーム機の中へと入ってみる。

 すると、大きな画面にはゾンビが迫りくるデモムービーが流れており、大画面で距離も近いため結構な迫力があった。


 ――へぇ、ちょっと面白そうだな。


 俺自身、こういうゲームをプレイするのは随分と久しぶりなのだが、素直に面白そうだった。



「たっくん!!」


 するとしーちゃんが、いきなり俺の腕に抱き付いてくる。

 その手は少しプルプルと震えており、やっぱりこういう系は苦手なようだ。



「大丈夫?」

「ちょ、ちょっと見誤ったかもしれませんっ!」

「なるほど、じゃあ止めとく?」

「ううん! 頑張りますっ!!」


 てっきりこのまま断念すると思ったのだが、怯えつつも引き返そうとはしないしーちゃん。

 そんなしーちゃんが気になりつつも、二人でお金を入れて協力プレイを開始する。



「うぎゃー!!」

「たっくん! たしゅけてぇー!!」


 結果は言うまでもなく、大絶叫。

 それでもしーちゃんは、騒ぎつつも持ち前の動体視力で的確にゾンビを倒し続けており、ここでもやっぱりゲームセンスはピカイチなのであった。


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