275話「終業式と夏休み」

 テストが終わり、今日はいよいよ終業式。

 校長先生の長話とともに終業式を終えると、そのまま短いホームルームを挟んで午前中で学校も終了となる。


 今日は孝之も部活は休みだということで、久々に俺としーちゃん、それから孝之と清水さんの四人で、一緒に帰りにハンバーガーショップへ寄って行くことにした。


 一学期の終了。

 それはすなわち、たった今から夏休みの開始。


 ハンバーガーショップへ向かう道中、清水さんとともに俺と孝之の前を歩くしーちゃんの足取りも弾んでいた。



「三枝さん、今日は一段とご機嫌だな」

「あはは、そうだな」


 孝之の言葉に、その通りだと俺も笑って答える。

 全身から嬉しさが滲み出ているしーちゃんの姿は、見ているこっちまで自然と楽しい気持ちにさせられるようだった。



「そっちはもう、この夏休み何するか決めてるのか?」

「まぁ、ざっくりとはね。そっちは?」

「こっちも、ざっくりだな。まぁ部活もあるから、一緒にいれる時間は長いんだけどな」

「そうか、なら良かったな」

「部活がなければ、一番最高なんだけどな」


 困った笑みを浮かべる孝之の言葉に、俺も一緒に笑った。

 たしかに、夏の部活は絶対的にしんどいだろうからな。


 それでも、きっと清水さん的には幸せだろうなと思えた。

 バスケをしている孝之の姿は、同性の俺から見てもやっぱりカッコいいと思えるから。


 そんなバスケ部の調子はうなぎ上りで、今も地区大会を飛び越えて県大会まで勝ち進んでいるらしいから、その勢いのまま行けるところまで勝ち進んで行って欲しいと思っている。



「じゃあ、大会は俺達も応援に行こうかな」

「お? 来てくれるのか?」

「もちろん、相棒だろ?」

「はっはっは、そうだな! じゃあ頼むわ、相棒!」


 俺と孝之は、笑い合いながら拳を突き合わせる。

 親友を飛び越えて、俺達はガキの頃からの相棒だ。


 こうして、この夏の楽しみが一つ増えたことに満足していると、前を歩く二人がこちらを振り向きながら微笑んでいた。


 俺達相棒には、今はそれぞれこんなにも可愛い彼女がいる。

 入学当初は、まさか自分達がこんな状況になるなんて思いもしなかったのだが、二人はたしかに俺達の彼女なのだ。


 改めて思うと、これってやっぱり凄いことだよなと思う。

 孝之はともかく、まさか自分にも彼女ができるなんて全く思わなかったのだ。

 更にはその相手が元国民的アイドルだなんて、そんなの現実離れし過ぎているというか、創作の世界でしか起き得ない話だと思っていた。


 すると目の前のしーちゃんが、嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくる。



「えいっ!」


 そしてしーちゃんは、その掛け声とともにそのまま俺の腕に抱き付いてくるのであった。



「えへへ、行こっ!」


 そのままぎゅっと抱きついてくる確かな温もりが、これが夢でも幻でもないことを証明してくれていた。

 その実感が嬉しくて、俺も自然と笑みが零れ落ちてくる。


 隣の孝之と清水さんも、微笑みながら俺達のことを見守ってくれていた。

 そんな二人もまた、仲睦まじい様子で身を寄せ合いながら。



 ◇



 ハンバーガーショップへ到着した。

 ここのハンバーガーショップと言えば、まだ付き合う前にもしーちゃんと一緒に訪れたことがある場所だ。


 あの頃は、しーちゃんは注文が上手く言えず、最終的に挙動不審になりながら俺に助けを求める形になっていたことを思い出す。



「もう一人で注文ぐらいできるからねっ!」


 そんな俺の思い出し笑いに気付いたのか、慌ててしーちゃんは自分の胸を張りながら、もう大丈夫と豪語する。

 そしてしーちゃんは、それを証明するように我先に注文カウンターへ向かうのであった。



「チーズバーガーセット一つ! サイドはポテトと、ウーロン茶で!」


 意気揚々と、店員さんに聞かれる前に注文を告げるしーちゃん。

 そのオーダー自体はたしかに完璧で、何も問題はないように思えた。


 しかし、そのうえでしーちゃんは一つ大きな異変を見落としていた。



「え……うそ……えっ!?」


 カウンター越しに立つバイトの店員さんは、そんなしーちゃんの姿を見て明らかに驚いてしまっているのだ。


 そう、今は特に変装もしていない、ありのままの三枝紫音——。


 そんな、ノールックで急に現れた超が付くほどの有名人に、店員さんの方が挙動不審になってしまっているのであった。



「あ、え、えっと! チ、チーズバーガーを……」

「あっ、す、すいません! え、えっと! チ、チーズ!」


 どうしていいのか分からない様子で、注文を繰り返そうとするしーちゃんと、まだバイト自体も慣れていない様子でテンパってしまう店員さん。

 そんな店員さんを前にして、更にあわあわと挙動不審が出て来てしまうしーちゃん……。




「……たっくん、たしゅけて」




 そして困り果てたしーちゃんは、すっかりしょげた顔とともに後ろを振り向きつつ、俺に助けを求めてくるのであった。


 こうして今回も、やっぱり俺が代わりに注文する形で、無事しーちゃんはハンバーガーを購入することができたのであった。


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