272話「お泊りとお風呂」

「ふんふんふーん♪」


 晩御飯を済ませた俺達は、それからリビングのソファーでゆっくりと過ごしている。



「ふんふんふんふーん♪」


 まぁ何をするわけでもないけれど、こうして一緒にのんびり過ごしているだけでもとても幸せを感じてしまうのは仕方がないだろう。

 大好きな彼女がすぐ傍にいる幸せ。

 そんな喜びをじっくりと感じつつ、ゆっくりとした時間を過ごすのであった。



「ふんふんふーんふふんふーん♪」

「……さっきから、何の鼻歌?」

「あ、やっと反応してくれたぁー! これはねー、たっくんのテーマだよぉー」


 さっきから延々と続くその謎の鼻歌に反応すると、どうやらそれは俺のテーマだという。

 説明されても全くよく分からなかったけれど、俺が泊っていくことが決まって以降ずっとご機嫌のしーちゃんは、今も楽しそうに俺の隣にぴったりとくっついて離れないのであった。



「あ、ねぇ見てたっくん! YUIちゃんだ!」


 そう言って、テレビを指差すしーちゃん。

 何だろうとテレビに目を向ければ、テレビCMにYUIちゃんがでかでかと映されていた。


 YUIちゃん達DDGの、ニューシングルのテレビCM。

 どうやらそのリリースに合わせて、ツアーライブも開催が決定したようだ。



「YUIちゃん達も頑張ってるよねぇー」


 そんなCMを眺めながら、既にアイドルを引退済みのしーちゃんは「わたしも大変だったよぉ」と既にご隠居ポジションで昔を思い出していた。


 今こうして普通に隣にいるが、かつては国民的アイドルとして活動していたしーちゃん。

 こういう時、しーちゃんはそういう存在なんだよなと改めて分からされるのであった。



「あ、ちょうど近くに来るみたいだね! 夏休みだし、行っちゃう?」


 でも今は、ただの普通の女子高生。

 そう言ってしーちゃんは、DDGのライブイベントに行かないかと聞いてくる。

 思えば、しーちゃんとは以前もDDGのライブで会ったことがあった。

 あの時は、いきなり同じ会場に現れたかと思えば、そのままエンジェルガールズのステージに飛び入り参加していたことを思い出す。


 今思えば結構破天荒なことだよなと、あの日会場から見上げたしーちゃんの姿を思い出す。



「うん、そうだね、都合が合うなら行きたいね」

「合わせますっ!」

「そっか、じゃあ行こっか」

「やったぁー!」


 俺が頷くと、嬉しそうに抱きついてくるしーちゃん。

 他に誰もいないこの広い部屋の中、こうして密着し合う俺達は一畳あれば十分なのかもしれない。



「――っと、そろそろお風呂済ませちゃわないとだよね。たっくんお先にどうぞ?」

「え? いいよ、しーちゃんから入って」

「ううん! いいのいいの! たっくんからどうぞ?」


 時計を見れば、早いものでもう夜の九時過ぎ。

 たしかに良い時間なのだが、自分は後から入ると譲ろうとしないしーちゃん。

 まぁ断る理由もないため、それであればとお言葉に甘えて、お先にお風呂をいただくことにした。



「分かった、じゃあお先に」

「うん! 今着替え取ってくるね!」


 慌てて駆け出すと、最早見慣れたいつものスウェットを持ってきてくれたしーちゃん。



「はいどうぞ! タオルも出してあるからっ!」

「うん、ありがとう」


 俺はスウェットを受け取ると、そのままお風呂場へと向かうことにした。

 去り際、ずっとしーちゃんは張り付いたような笑みを浮かべていたことが少し気になるけれど、まぁ気にしないでおこう。


 こうして俺は、先にお風呂をいただくことにした。

 とは言っても、今は七月。

 浴槽にお湯を溜めることはなく、ささっとシャワーで済ませる。

 それでも、このお風呂場でいつもしーちゃんがお風呂を済ませてるんだよなと思うだけでドキドキしてしまう。

 シャンプーも、ボディーソープも、しーちゃんの香りに包まれる――。


 ――彼氏の特権ってやつかなぁ。


 全国のしおりんファンが知ったらどう思うか……なんてことは、少し考えるだけで恐ろしい。

 そんなことを考えながらシャンプーをしていると、背後から物音が聞こえた気がする。

 驚いた俺は、慌てて目元の泡を取り除きつつそっと背後のすりガラスに目を向ける。

 するとすりガラスの向こうに、何やら動く人影——。



「……しーちゃん?」

「ふぁ、ふぁい!!」


 恐る恐る声をかけると、慌てて返事をするしーちゃん。



「ど、どうしたの?」

「し、下着を!! 洗濯しようかと思いまして!!」

「あ、ああ、そっか。でも、替えの下着が……」

「あ、ありますっ! 持ってきましたぁ!」


 そう言ってすりガラスの向こうで、何かを広げている様子のしーちゃん。



「そ、そっか、色々ごめんね。ありがとう」

「い、いいよ、それでは失礼しまぁす!」


 俺が感謝を伝えると、しーちゃんはそう言って洗濯機を起動させて浴室から出て行った。


 そんなわけで、急に現れたかと思えばずっと挙動不審だったしーちゃん。

 それはまるで、覗きを試みていたようにも思えて、ちょっと笑えてきてしまう。


 ――いやいや、立場逆でしょ。


 まぁそれにしたって、別に減るもんじゃないし覗きたいならご自由にどうぞと思いつつも、そんなわけないかと俺はやっぱり笑ってしまうのであった。



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 <あとがき>

 まさか元国民的アイドルが、覗きなんてするはずないですよね……。


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 現在、『実は俺もVtuber~駆け出しVtuberを支える俺、実は登録者数100万人の人気Vtuberな件~』という作品も連載中です。

 ありがたいことに、こちらカクヨムのラブコメジャンルで週間4位までランクインしました!

 きっと面白いと思いますので、良ければ読んで貰えるととっても嬉しいです!!


 また、現在次にくるライトノベルにクラきょどエントリー中ですので、よろしくお願いいたします!!

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