270話「公園デート」

「お待たせ、たっくん!!」


 三十分ぐらい待っただろうか、大急ぎで支度を終えたしーちゃんが嬉しそうに部屋へと戻ってきた。


 黒の半袖ニットのトップスに、えんじ色のロングスカート。

 公園デート用に選んだそのファッションは、今日もとてもよく似合っており、俺は思わずその可憐な姿に見惚れてしまう。



「たっくん?」

「ああ、ごめん。――可愛すぎて、ちょっと見惚れてました」

「もう、たっくんったら!」


 素直に告白すると、しーちゃんは嬉しそうに抱きついてくる。

 柔らかい感触とともに、首元に振ったシトラス系の香水の甘い香りが鼻腔をくすぐる。



「――たっくんだって、今日もかっこいいよ」

「そ、そっか。ありがとう」

「うん! いつも考えてきてくれてありがとね」


 耳元で囁かれる、そんなしーちゃんの言葉。

 それは今日も、しーちゃんに会うために身嗜みを意識して会いに来ていることに対する、しーちゃんからの感謝の言葉だった。


 俺が見ているように、しーちゃんも俺のことをちゃんと見てくれている。

 それが分かっただけで嬉しくて、俺達は顔を向き合わせながら微笑み合う。


 そしてそのまま、お互い自然に引き寄せられるように、そっと唇を重ね合う――。



「――えへへ、行こっか」

「そうだね」


 こうして俺達は、しっかりと気持ちを確かめ合いつつ、勉強の息抜きに公園デートへ向かうのであった。



 ◇



「ふんふふーん♪」


 繋ぎ合った手をブンブンと振り、それはご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら隣をルンルンと歩くしーちゃん。

 ちなみにその鼻歌はエンジェルガールスの『Start』で、これから公園へ向かって歩くのをスタートしたからスタートなのだそうだ。


 そんな、張本人による鼻歌はそれだけでも特別であり、こんな何気ない仕草でもしーちゃんが元国民的アイドルなのだと分からされるのであった。


 ちなみに、これから一緒に向かう公園は、俺としーちゃんが出会ったあの公園だ。

 付き合ってから何度か足を運んでいるが、この辺でデートで行くような公園と言えばあそこぐらいだし、何より俺達にとっては大切な場所でもあるのだ。


 だからしーちゃんも、言わなくても公園と言えばここだと分かっており、それ故にこんな風に楽しそうにしてくれているのだろう。



「今日も天気がいいし、最高の公園日和だね!」

「そうだね、もう夏って感じだね」


 降り注ぐ陽射しからは、夏の訪れが感じられた。

 テストが控えているものの、そのあとに夏休みが控えていることをどうしても意識してしまう。


 隣では嬉しそうに、飛び切りの微笑みを向けてくれているしーちゃんの姿。

 その微笑みに応えるためにも、今年は色んなことを一緒に経験できればいいなと思うのであった。


 公園に到着した俺達は、またいつものベンチへと腰掛ける。

 幼い頃、いつも待ち合わせしていた思い出のベンチに――。



「いつ来ても、懐かしいなって思えちゃうね」

「あはは、そうだね」


 一緒に木陰で涼みながら、あの頃を思い出す。

 本当に、あの頃の夏休みは毎日のようにここで遊んだのだ――。



「あの頃だけじゃなくって、去年のことももう懐かしいかも」

「去年? ――ああ、そっか」


 去年、俺達はまだ付き合う前にこの公園へとやってきたのだ。

 その時は、しーちゃんのお手製弁当を一緒に食べて、それからしーちゃんがあの頃一緒に遊んでいたしーちゃんだったことをここで明かされたのだ。


 思えば、あれももう一年近く前のことなんだなと、たしかに今となっては少し懐かしく思えた。

 そんな、想い出一つ一つの積み重ねによって今があり、そして今もまたその積み重ねの一つになっていくのだろう。


 そんな、積み重なっていく想い出のページ一枚一枚に、いつもこうしてしーちゃんが傍にいてくれていることの幸せ――。


 隣を向けば、柔らかな木洩れ日に照らされたしーちゃんの横顔。

 そして吹き抜ける優しい風が、昔と変わらない時を感じさせてくれる。



「風が気持ちいいね」


 ふわりと揺れる髪を抑えながら、ふんわりと微笑むしーちゃん。


 その微笑みに目を奪われながら、二人で何をするわけでもなく、ただこうして一緒にのんびりと同じ時間を過ごす。

 大切な相手と一緒ならばそこに退屈など生まれず、代わりに幸せでいっぱい満たされていくのであった――。


 そしてしーちゃんは、俺の肩にそっと自分の頭を預けてくる。

 その触れ合う感触が、よりしーちゃんの存在を身近に実感できた。



「たっくんの肩、落ち着くなぁ……」

「ならよかった」

「ふふ、このまま一体化しちゃいたいぐらい」

「いや、それはちょっと困るかな」

「どうして?」

「――だってそしたら、しーちゃんの顔が見えないから」

「それもそうだね」


 俺に言われて、しーちゃんもそれでは駄目なことに気付いたようだ。

 預けていた頭をすっと離すと、今度は両手を広げて抱きついてくる。


「えへへ、こういうことも出来なくなっちゃうからね」

「そうだね」

「――たっくん、大好き」

「――俺もだよ、しーちゃん」


 そのまましばらく、俺達はお互いを感じ合うように抱き合った。

 僅かにあった雲も次第に消え去り、空一面に広がる綺麗な青色は、今の気持ちを表わしているようだった。



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