269話「ハヤシライス」

「いただきます」

「はい、召しあがれ」


 リビングへ移動した俺達は、しーちゃんが用意してくれた昼食をいただくことにした。


 ちなみに今日の献立は、ハヤシライスとサラダ。

 ハヤシライスは、牛筋肉の旨味がしっかりと溶け込んでおり、大きめに切られたゴロゴロの野菜の食感もよく、はっきり言ってお店で食べるものより普通に美味しいと思えた。

 そしてサラダも、ただのサラダではなく手の込んだコブサラダ。

 様々なサラダの具材が綺麗に並べて盛り付けられており、しーちゃんお手製のドレッシングは少しスパイシーで味わいよく、これもとても美味しかった。


 だから俺は、感謝の気持ちとともにしーちゃんへ味の感想を伝える。



「うん、どっちもすごく美味しいよ!」

「えへへ、良かった! 今日はたっくんが来るの分かってたから、準備頑張ったんだ」


 俺の言葉に、そう言って照れ臭そうに微笑むしーちゃん。

 どうやらしーちゃんは、俺が来る前からこの昼食のために仕込みをしておいてくれたようだ。

 そんなところも嬉しくて、可愛くて、思わず抱きしめてしまいたくなりつつも、向かい合って座っているため今は我慢する。


 こうして、しーちゃんお手製の昼食を美味しくいただいた俺は、そのお礼に今回も洗い物を引き受ける。

 こんな程度で釣り合うとも思えないが、せめてものお礼としてこのぐらいはやらせて貰うことにした。

 するとしーちゃんは、またいつものように洗い物する俺の後ろに、楽しそうにピッタリとくっ付いてくるのであった。



「えへへ、こうしてると、何だか夫婦になったみたいだね!」

「そうだね。新婚さんだ」


 俺もその話に乗っかってみると、キャッキャと嬉しそうに後ろから抱きついてくるしーちゃん。



「ねぇたっくん? それじゃあ、ずっとこのまま住み着いてくれても良いんだよ?」

「なるほど? じゃあこのまま、住みついちゃおうかな」


 今日の俺は、スーパーイエスマンだ。

 可愛いしーちゃんの言うことに対して、とりあえず全肯定してみることにした。



「じゃ、じゃあ! ベッドをもっと大きいのに買い換えないとだね!」

「うん、そうだね」

「あっ! へ、部屋はあるけどないから、二人同じ部屋だよ!?」

「それはいいね」

「いいの!? あ、あとはね! えっと! たっくんのパンツはわたしが毎日わたしが手洗いします!」

「いや、それはやめて?」


 さすがにパンツは恥ずかしいので、スーパー全肯定タイムは終了。

 しかし何でまた、三つ目に出て来たのがパンツなんだろうと思いつつも、丁度洗い物を終えた俺は後ろを振り向く。

 するとそこには、一緒に住むならどうしようと、まだ色々考えているしーちゃんの姿があった。



「――少なくとも、そういうのは高校を卒業してからだね」

「えー、まだ駄目なの?」

「こうして遊びに来るし、いつでもうちにだって来てくれていいからさ」

「え、うん! たっくんのパパとママにもまた会いたいな!」


 少しいじけつつも、最終的には嬉しそうに抱きついてくるしーちゃん。

 そんな反応も一々可愛くて、俺もそんなしーちゃんのことを優しく抱きしめ返すのであった。

 ずっと洗い物をして、我慢していた分を取り返すように――。



 ◇



 午後はまた、テスト勉強に戻る俺達。

 それでも、さっき昼ご飯を食べた後ということもあり、いまいち集中できないでいた。


 ――いや、違うな。俺はもっと……。


 そう思い隣を向けば、そこには同じく集中できていない様子のしーちゃん。

 俺の視線に気が付くと、嬉しそうに微笑みながらすすすっと俺の隣に寄ってくると、そのまま甘えるように頭を俺の肩へと預けてくるのであった。


 そんなわけで、もう完全に勉強の集中が切れてしまっているしーちゃん。


 そしてそれは、残念ながら俺も同じだった。

 今俺の中の気持ちは、完全に勉強よりしーちゃんへ傾いてしまっているのだ。

 それを受け入れた俺は、そんなしーちゃんに一つ提案することにした。



「そうだしーちゃん。ちょっと気分転換に出掛けない?」

「出掛ける? どこに?」

「ずっと勉強してるのもたしかに疲れちゃうし、そうだなぁ……今日は天気も良いし、ちょっと公園でも行ってみる?」

「行きますっ!」


 俺の提案に、すっと背筋を伸ばずしーちゃん。

 そして、綺麗に右手を挙げて、公園へ行きたいと賛成するのであった。

 勉強には乗り気じゃないが、遊びにはこうしてすぐに乗り気になるところは、ちょっと子供っぽくて俺はつい笑ってしまう。



「じゃあ、支度しないとだね」

「すぐ済ませて来ますっ!」


 そう言って、またすっと立ち上がったしーちゃんは、それから嬉しそうに部屋から飛び出して行ってしまった。


 こうして俺達は、一回勉強は後回しにして、気分転換に公園デートを楽しむことにしたのであった。


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