253話「下校とコンビニ」
帰り道。
今日も俺は、しーちゃんと一緒に下校する。
GWが明けて、またいつも通りの学校生活が始まったわけだが、連休が終わって寂しい反面、こうして制服姿のしーちゃんと一緒にいられる喜びもあり、要するに傍にしーちゃんがいてくれれば何でも良いのであった。
そんなしーちゃんはというと、隣で嬉しそうに微笑みながら歩いており、何やらポケットから取り出した紙切れを開き出した。
「ん? なにそれ?」
「これね、わたしの出る種目のメモだよ!」
そう言ってしーちゃんは、午後に決めると言っていた自分の出場種目を見せてくれた。
その紙には玉入れと借り物競争と書かれており、どうやらしーちゃんは清水さんと全く同じ種目に決まったようだ。
「そっか、じゃあ清水さんと一緒だね」
「そうだね、たっくんのクラスには悪いけど、負けないからね」
ニッと微笑みながら、勝利を約束するようにピースするしーちゃん。
これは強力なライバルだなと思いつつも、俺はこんな風に体育祭を楽しみにしてくれていることが嬉しかった。
普通の女の子として過ごしたいと願ったしーちゃんが、普通の女の子として体育祭に臨む。
それは一般高校生としては普通のことでも、しーちゃんにとってはきっと特別なこと。
そしてこれは自惚れではなく、しーちゃんは俺がいるからこそこんな風に楽しんでくれている。
であれば俺はもう、そんなしーちゃんにとって良い思い出になるよう、体育祭を一緒に楽しむのみだった。
「じゃあ俺達も、負けないように頑張らないとね」
「むー、たっくんが敵にいるのがやっぱり納得いかない……」
「あはは、でもその方が白熱するんじゃない?」
「そうだけどさ。あーあ、やっぱりさくちゃんが羨ましいなぁ……」
少し不満そうにぷっくりと頬を膨らませながら、拗ねて小石を蹴るしーちゃん。
その仕草も可愛すぎて、俺はつい笑ってしまう。
国民的アイドルだった美少女が、今では自分と同じクラスじゃないことで小石を蹴って膨れているのだ、そんなギャップと健気さが可愛くないはずがなかった。
「それは俺も同じだよ。孝之が羨ましい」
「そっか、じゃあ両想いだね!」
拗ねていたかと思えば、今度は嬉しそうに頬を緩ますしーちゃん。
そんな表情がコロコロと変わるしーちゃんがやっぱり可愛くて、何だか可笑しくなって一緒に笑い合ったのであった。
◇
しーちゃんを送り、それから俺は今日もコンビニのバイトに勤しむ。
このバイトを始めて一年以上経つため、バイトがすべき業務は一通り一人でこなすことが出来るため、すっかりこのコンビニバイトの中でもベテランの部類になっている。
だから、今日も一人の時間が続くが、今となってはそれが普通でプレッシャーとかは感じなくなっていた。
――ピロリロリーン。
コンビニのドアが開かれるメロディーが流れる。
その音に反応して振り向くと、そこには帽子を深く被り、夜なのにサングラスをした怪しい女性が入店してきていた。
以前であれば、不審者スタイルでこのコンビニへやってくるのはしーちゃんの役目だった。
しかしその女性は、しーちゃんよりも背が高く、全くの別人なのであった。
――え、ガチもんの不審者!?
焦った俺は、慌てて視線を背ける。
どうやら本気でヤバイ相手というのは、凝視なんて出来ないようだ。
服装がちょっと怪しいだけで、どうか普通に買い物を済ませて帰ってくれと願いつつ、俺は素知らぬフリをしながら嵐が過ぎ去るのを待つことにした。
しかし――そのしーちゃんではない怪しい女性は、買い物をする素振りも見せず、何故か俺の立つレジの前へとやってくる。
そして何やら不満そうに、レジの台へ両手をバンと叩きつけるのであった――。
――何この人!? 怖い!!
そう内心で怯えていると、その女性は不満そうに帽子とサングラスを外す――。
「もう! 何怖がってるのよ! わたしよ! わ・た・し!」
何やら不満そうに声をかけてくる女性。よく見るとそれは――従姉の彩音さんだった。
大学へ通いつつ、芸能活動も始めた彩音さん。
最近ではテレビでその姿を見ることもあったのだが、最近は全然会えていなかっただけにまさか彩音さんだとは全く気が付かなかった。
「え? 彩音さん!? ど、どうしてこんな!」
「久々に時間が空いたから、たくちゃんの顔を見に来たのよ! ほら、わたしってば今や、身バレNGの有名人だし?」
そう言って得意げに笑う彩音さんだが、今の彩音さんはその言葉通りのため、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「それで、どうなのよ?」
「ど、どうって?」
「久々にわたしに会ってよ! な、何か言うことあるんじゃないの?」
相変わらずの強気なのに、恥ずかしそうにどうかと聞いてくる彩音さん。
正直、言うことと言えば完全に不審者だったのだが、きっと求めているのはそういう言葉じゃないだろう。
「……そうだね、すごくキレイになったよ」
「え……? ま、まぁ、そうでしょ!」
「うん、すごくね」
俺が笑って思ったままを答えると、彩音さんは恥ずかしそうに頬を赤らめつつ、嬉しそうに微笑む。
その表情は、大人っぽい見た目だけれど、どこか子供のようなあどけなさもあり、仮に自分にしーちゃんという存在がいなければ、思わず見惚れてしまう程に魅力的だった。
「それで、あの子――しおりんとは、どうなの?」
「ああ、うん。上手くやってるよ」
「――そう、そうよね。ふぅ、なら良かったわ。久々にたくちゃんの顔見れて良かった。それじゃ行くね」
それだけ言うと、彩音さんはバイバイと手を振り、そのまま何も買わずにコンビニから出て行ってしまった。
つまりは、本当に俺がいるかもしれないと思って顔を見せてくれたということなのだろう。
こうして久々に会った彩音さんは、町の有名人からすっかり世間の有名人になっていて、俺なんかでは釣り合わないと思える程の美人さんになっていた。
だからこそ、それでも変わらずに従姉として、こうしてコンビニへ顔を見せてくれたことが素直に嬉しかった。
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