254話「バイト後」

 バイトを終え帰宅した俺は、夕飯とお風呂を済ませ部屋のベッドに大の字で寝転がる。

 今日も一日終えたという達成感と疲労に身を任せ、鉛のように重たく感じられる身体をただベッドに預ける。


 普段ならこのまま寝てしまいたいところだが、今日は課題が出ているためまだ寝るわけにはいかない。

 けれど、今すぐに課題を取り組むには些かパワーが足りていないため、このまま小一時間休憩をすることにした。


 ――ピコン。


 しかしその時、枕元に放り投げたスマホから通知音が鳴る。

 ゲームアプリとかの通知ならば無視をするのだが、それはLimeの通知音だったため、俺は眠気を堪えつつ送られてきたメッセージを確認することにした。



『もうバイト終わってゆっくりしてる頃だよね、今日も一日お疲れ様!』


 確認するとそれは、しーちゃんからのLimeだった。

 俺のバイトの終わりの時間を考えて、こうして労ってくれていることが嬉しかった俺は、閉じかけていた目が一気に覚醒してくる。



『うん、終わって部屋のベッドで横になってたところだよ! ありがとね!』


 自分の彼女の可愛さ。それだけで、心がどんどんと満たされていく。

 きっとそれは、どんなエナジードリンクよりも効果覿面だろう。

 こうしてしーちゃんを身近に感じられるというだけで、こんなにも満たされてしまうのだから。



『えへへ、どういたしまして! 今日はね、ハンバーグ作ったんだよ!』


 そのメッセージと共に、今晩のおかずに作ったのであろうハンバーグの写真が送られてくる。

 ふっくらと焼き上がったそのハンバーグは、たっぷりとデミグラスソースがかけられており、さっき食事を済ませたばかりだというのに食欲を刺激される程、今回の手料理も美味しそうだった。



『すごい! 上手に出来たね、美味しそう』

『うん! じゃあ、たっくんにもおすそ分けしないとね!』


 俺の感想に、しーちゃんからすぐにそんな返事がくる。

 おすそ分けってなんだろうと思っていると、続けて動画ファイルが送られてきた。


 ――動画?


 いつもは画像だけれど、このパターンは初めてだなと思いつつその動画を再生してみる。

 するとそれは、先程送ってきた画像のハンバーグを食べるしーちゃんの自撮りムービーだった。


 寝間着姿のしーちゃんは、既に切り分けられているハンバーグをフォークに刺すと、それをスマホの方へ近付ける。



『たっくん、今日も一日お疲れさまでした! はい、アーン……って、本当には食べられないからごめんね! 今度、たっくんの食べたいもの作ってあげるからね! えへへ、大好きだよ』


 優しい笑みを浮かべながら、ムービー越しのしーちゃんからのアーン。

 これまでしーちゃんは、Limeで俺にだけ見せてくれる画像を何度も送ってくれているのだが、今回は動いて喋っている分、その破壊力も更に増していた――。


 お風呂上がりなのだろうか、潤いを帯びた透き通るようなツヤツヤとした肌に、寝間着姿という普段は見せることのない露出の多い服装。

 更には、しーちゃんの場合は元国民的アイドルという特別さも相まって、彼氏であってもドキドキとさせられてしまう。


 結果、そのドキドキのおかげで疲労や眠気はすっかりと消し飛んだ俺は、横になっていた上半身をベッドから起こす。

 そして俺は、もうLimeでやり取りするのが煩わしくなって、そのまましーちゃんに電話をかける。



「もしもし、たっくん?」

「あ、しーちゃん。えっと、ムービー見たよ」

「見てくれた? えへへ、今更になってちょっと恥ずかしいな」

「いや、すごく元気になったよありがとう!」

「うん! なら良かった!」


 感謝を伝えると、しーちゃんは電話の向こうで嬉しそうに笑ってくれた。

 電話越しではあるものの、すぐ耳元で聞こえてくるしーちゃんの声に俺のドキドキは更に増していく――。



「えっと、じゃあその、ご飯を作ってくれるって話だけどさ……今度また、俺にもハンバーグを作って欲しいな」

「え、うん! 分かったよ! じゃあ、今日のより美味しく作れるよう頑張るね!」

「あはは、しーちゃんの手料理は全部、どこのレストランよりも美味しいよ」

「えへへ、知ってる」


 そんなしーちゃんの冗談に、笑い合う二人。

 こんな風に、自然に冗談を言い合えるのが嬉しい。

 大好きだなぁという気持ちが膨れ上がりつつ、あまり長電話をしていると課題が出来なくなってしまうため、俺は最後に一言だけ伝えることにした。



「えっと、じゃあこれから今日の課題やらないとだから、最後に一つだけ」

「うん、なぁに?」

「その……俺も大好きだよ」


 それは普段、思っていても中々言えない言葉。

 面と向かってはどうしても恥ずかしいけれど、電話でだったらと思い、俺は恥ずかしさを感じつつも勢いに任せて気持ちを言葉にした。



「……えへへ、ヤバイなぁ、今日は眠れないかも」

「い、いや、ちゃんと寝てね?」

「うん、大丈夫……はぁ、幸せだなぁ~」


 電話の向こうから聞こえてくる、本当に幸せそうに漏れ出たその言葉。

 そんなしみじみと喜んでくれるしーちゃんのおかげで、俺の心も満たされていく。


 こうして、最後にお互いもう一度大好きを言い合いながら電話を切ると、俺はさっさと課題を終わらせるためベッドから起き上がる。


 それから勉強机に座ったところで、俺は一つ大事なことを忘れていることに気が付く。


 慌ててスマホを手にした俺は、先程送られてきたムービーを再生してもう一度しっかりと楽しんだあと、宝物フォルダへ三回保存しておくのであった。



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