248話「アイドル」

 二曲目は、「それでも」という曲だった。

 この曲は、しーちゃんが脱退後すぐに発表された曲だ。

 しおりんが抜けても、わたし達は変わらずこれからも走り続けていくという決意を歌った曲で、そのメロディーの疾走感と共に会場は再び大盛り上がりとなる。


 ステージ上では、変わらずエネルギッシュで眩しい笑顔を弾ける。

 そんな彼女達のステージに、俺だけでなく孝之と清水さん、そして隣のしーちゃんまでも気付けば目を奪われていた。


 アイドルの頂点、ここにあり――。

 ここにいる誰しもが、きっと同じことを思っているだろう。

 それは言葉にしなくても、送られる声援の熱量が全てを物語っていた。


 どこまでも可憐で、美しく、そして眩しい天使のような彼女達がステージを舞うように駆け巡る。

 そんな彼女達のステージに、会場は不思議な一体感に包まれていた――。


 そして、最初から最後まで駆け抜けるように、勢いを失うことなく二曲目も歌い終えた彼女達はそのまま三曲目も続けて歌い出す。

 イントロに合わせてステージいっぱいに四人が広がると、会場の端の方にいる俺達の丁度前辺りにあかりんがやってくる。


 その光景は、やはり去年行ったDDGのライブの時と重なって見えた。

 あの時は急に現れたしーちゃんの存在に、ステージ上のあかりんの方が驚いていたんだっけ?

 今思い返してみると、立場が逆転しているというか何というか、今更になって可笑しくて笑えてきてしまう。

 そしてそんな二人はというと、今回はお互いにしっかりと視線を合わせると、ニコリと微笑みながらお互いに小さく手を振り合っているのであった。


 ステージの上と外。

 今では別々の道を歩んでいるけれど、変わらない二人のそんなやり取りに俺も自然と笑みが零れる。


 そして周囲へ目を向けると、あかりんのそんな仕草に気付いた人達がざわついているのが分かった。

 きっと、さっきのあかりんが自分に向かって振ってくれているのだと思っているのだろう。

 たった一つの仕草だけで、こんな風にこれだけ多くの人を瞬時に魅了してしまっているのである。


 そんな、普通の人では絶対に持つことの出来ない特別な影響力。

 それこそが、アイドルという存在だけが持つことのできる特別な魅力なのだろう。



「……すごいな」


 俺は思わず、そんな言葉を呟いていた。

 ついこの間、一緒に会話をしていた同年代の女の子達。

 けれど今は、可愛いアイドル衣装をその身に纏いステージの上で歌って踊る、まさしく天使達がそこにいた。



「……そうだね。わたしもあそこにいたんだよね」


 そして俺の呟きに、隣のしーちゃんは答える。

 ステージを見上げながら、当時を懐かしむように語られたその言葉。

 だから俺は、そんなしーちゃんに向かって微笑みかけながら答える。



「そうだよ。しーちゃんも今のみんなみたいに、ずっと輝いてたんだよ」

「輝いてた、か……。うん、今なら分かる気がする」


 今のみんなのステージを見て、その意味が分かったのだろう。

 しーちゃんは納得するように、ふんわりと微笑む。


 そしてアイドル時代の自分を称えるように、満足そうに大きく一度頷くと、それから飛びつくように俺の腕に抱きついてくる。



「でも今のわたしは、こうして大好きな人と一緒にみんなを見守っているのです!」


 そう言って、満面の笑みを浮かべながら俺の顔を見上げてくるしーちゃん。

 そのあまりに愛くるしい姿に、俺も一緒になって笑った。



「そうだね」

「そうなのです!」


 至近距離で向き合いながら、一緒に笑い合う。

 そして再びステージへ目を向けると、ステージ中央に集まったエンジェルガールズのみんながラストのサビを歌っているところだった。


 かつては彼女達と共に、ステージの上で歌って踊っていたしーちゃん。

 けれど今は、すぐ隣でエンジェルガールズのステージを一緒に見上げている。


 みんなが憧れたアイドルしおりんが、今は自分だけのアイドルになっているのだという実感が湧き上がってくる。

 それは申し訳なさもありつつも、優越感を感じずにはいられなかった。

 触れ合った肌から伝わるしーちゃんの体温が、今もこうして傍にいてくれていることを実感させてくれるのであった。


 そしてステージでは、三曲目を歌い終える。

 続けて二曲を歌ったエンジェルガールズのみんなは、汗を輝かせながらも変わらず客席へ向かってアイドルスマイルを浮かべていた。


 そんなみんなのことを称えるように、会場からは割れんばかりの拍手と声援が飛び交うのであった。



「さて、三曲歌わせて貰ったわけですが、次の曲で最後になります!」

「「えぇー!!」」


 次の曲が最後という言葉に、落胆する声が上がる。

 もっと彼女達のステージを見ていたいという気持ちは、俺もみんなも同じだった。


 それだけエンジェルガールズのステージは、やはり特別でずっと見ていたくなる魅力に溢れているのだ。



「今日のステージはこれで終わるかもしれないけど、わたし達はまだまだ終わらないから!」

「あかりん、良いこと言うー!」

「そうですね!」

「わたしも、あと一曲ぐらいならいけるわよ」


 お互いの顔を見合いながら、頷き合う四人。

 そして再びステージの方を向くと、代表してあかりんが大きく声を上げる。



「だからみんなっ! 今日という素晴らしい一日を素敵な思い出に出来るように、最後まで一緒に盛り上がっていきましょう!!」


 その掛け声と共に、最後の曲のイントロが流れ出す。


 最後の曲は、「Happy Days」。

 これは先日テレビで歌った、しおりんへ捧げる歌と同時に発表された新曲だ。


 アップテンポな曲調に、楽しく笑って過ごしていこうというポジティブな歌詞。

 そんな、聴いているだけで楽しくなってくるようなその曲に、会場は間違いなく今日一番の盛り上がりを見せる。


 こうして、エンジェルガールズの圧巻のステージと共に、最後まで大盛り上がりのまま本日のアイドルフェスは締めくくられたのであった――。


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