242話「楽屋」
重たい空気が広がる……。
やはり、いくら知り合いとはいえ一般人がアイドルの楽屋を訪れるというのは不味かったのだろうか。
そういう業界ならではのルールとか分からないが、やはり失敗したかなと思うも時既に遅し――。
相部屋のアイドルグループSSSことシューティングスターシスターズの三人は、冷ややかな目をこちらへ向けてくる。
そんな分かりやすすぎる反応に、ハピマジのメンバーも困った表情を浮かべていた。
「……えっと、ごめんなさい。やっぱり楽屋の中は不味かったかもです」
そんな空気に罪悪感を感じるように、早乙女さんが謝りながら頭を下げる。
そして俺達のことを外へ案内しようとしたその時だった――。
「いやいやいや、わたし達置いて何密会しちゃってるのよ」
「紫音ー! 二日ぶりー!!」
「し、失礼しますぅ」
「もうちょっと寝てたかったけど、紫音がいるっていうから仕方なく起きたわ。偉いでしょ」
勢いよくハピマジとSSSの楽屋へやってきたのは、エンジェルガールズのメンバー達だった。
あかりん、めぐみん、ちぃちぃ、そしてみやみやの四人は、今日も今日とて三者三様ならぬ四者四様の個性を発揮し、全員ともエネルギー満タンな感じだった。
どうやらマネージャーの北村さんに連絡を貰ったようで、すぐにここへとやってきたようだ。
「って、何この空気?」
そして、勘のいいあかりんはこの楽屋に漂う何とも言えない空気に敏感に反応する。
しかし、ハピマジもSSSも、突然のエンジェルガールズの登場に驚いてしまい、全員揃って口をポカンと開けて固まってしまっていた。
「ああ、うん。ちょっと楽屋に遊びに来たんだけどね」
「え、まっ! し、しおりんさんっ!?」
仕方なく、代表してしーちゃんがこの空気の理由を説明しようとすると、SSSのメンバーの一人がそう声を上げて更に驚き出す。
その反応はきっと正しくて、まさかここに引退したはずのしおりんまでいるなんて誰も思わないだろう。
「わ、わたしっ! し、しししおりんさんのファンなんですっ! し、しおりんさんにずっとずっと憧れてて、それでわたしもアイドルになるって決めて! そのっ!」
そしてそのメンバーの一人は、慌ててしーちゃんの元へと駆け寄ってくる。
彼女はその言葉の通り、本当にしおりんのファンなのだろう。
本当に嬉しそうにその瞳を輝かせており、その表情はファンそのものだった。
そんな彼女に向かってしーちゃんは、先程の発言には触れることなくニッコリと微笑みかける。
「そうなんだね。ありがとう、貴女も頑張ってね」
「ウソ、信じられない……あのしおりんに頑張ってって……」
そして、憧れの存在に応援された彼女は、感激してその場で涙が溢れ出す。
そんな、たった一言貰えただけで涙を流す彼女の反応こそ、しーちゃんという存在が特別であることを意味していた。
みんなの憧れの存在、それこそが三枝紫音なのだと――。
「えっと、お願いがあるんだけどね。外は目立っちゃうし、もう少しこの楽屋に居させて貰ってもいいかな?」
「は、はいぃ……わたし、出番前で緊張していたのもあって、彼女達に意地悪なこと言っちゃいましたぁ……ごめんなさい……」
感激して涙を流す彼女に、しーちゃんは優しくお願いをする。
すると彼女は、更に泣きじゃくりながらしーちゃん、そしてハピマジのメンバーにごめんなさいと頭を下げる。
そして彼女に合わせるように、残りの二人も慌てて頭を下げながら謝罪をすることで、無事一件落着となりこの楽屋から出て行かなくてもよくなったのであった。
「もう、出番前なのにせっかくのメイクが崩れちゃってるじゃない」
「あっ、しまった! す、すぐ直さないとっ!」
「いいよ、わたしが手伝ってあげるから」
「え、そんな! わ、悪いですっ!!」
「いいからいいから」
そう言ってしーちゃんは、涙を流す彼女の背中を優しく摩りながらSSSメンバーの子達と一緒に彼女のメイク直しを始める。
そんなしーちゃんの対応に、ハピマジのメンバー達は感心した様子で、事の成り行きをずっと見守っていた。
「えーっと、貴女がリンリンちゃんよね?」
「えっ? は、はいっ! そうですっ!!」
「そう、紫音からよく話は聞いているわ。――なんでも、今はわたし達より貴女推しなんだってね」
事の一件落着を見届けたあかりんは、そう言って早乙女さんのことを少し意地悪な言い方でイジり出す。
しかし早乙女さんからしてみれば、まさしく雲の上のような存在であるあかりんのその言葉に、ただあたふたと慌てることしか出来ない様子だった。
「えー、じゃあわたしはやっぱり清水さん推しかなぁー!」
「え、ちょ! わ、わたしぃ!?」
そしてめぐみんはめぐみんで、文化祭ぶりに再会した清水さん推しだと言いながら飛びつくように抱き付く。
幸せそうに微笑むめぐみんと、ここでもどうしたら良いのか分からない様子であたふたと戸惑う清水さん。
そんな、エンジェルガールズのみんなによって空気も和んだことで、ひと悶着すらなく打ち解けることが出来たのであった。
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