241話「マネージャー」

「あ、いました! こっちですこっち!」


 上田くんと坂本さんと別れた俺達に、周囲から隠れるようにそーっと声をかけてくる女の子。

 それは変装こそしているが、見る人が見ればハピマジのリンリンこと早乙女さんだとすぐに分かった。

 どうやら周囲の目を気にしているようで、俺達を呼びつけるとすぐさま裏手の方へと駆けて行ってしまった。


 そんな挙動不審な早乙女さんに笑ってしまいつつも、何か用があるのだろうと俺達もそのあとに続いた。



「あー、ちょっと君達! ここは関係者以外立ち入り禁止だよ」


 しかし、一般のファン達の姿のないエリアに一歩踏み入れると、すぐにそんな俺達に気付いたスタッフさんに止められてしまう。

 やはりここより先は、関係者以外立ち入り禁止エリアのようだ。


 こうして止められてしまった俺達に気付いた早乙女さんが、慌ててこちらへ駆け寄ってくる。


「あ、す、すいません! こちらの方々はわたしのお知り合いで! あ、わたしハピマジってグループのメンバーで、リンリンっていうんですけどっ!」

「うーん、それは分かったけど、だからってここから先へ通すわけにはなぁ……」


 早乙女さんがお願いするも、やはりルール上それでも駄目なのだろう。困ってしまうスタッフさん。

 たしかにここより先には、他のアイドルの子達だって出番を控えているのだ。

 それなのに、知り合いだからと誰かを通していてはきっとキリがないのだろう。



「えっと、ここじゃ駄目なのかな?」


 そんなしばしの硬直状態の中、口を開いたのはしーちゃんだった。

 用があるなら、別にここでも良いのではないかと早乙女さんに問いかける。



「えっと、駄目じゃないんですけど、その……皆さんに、みんなを紹介しようかなって思いまして……」

「あー、なるほどね……分かった。じゃあ、あんまりこういう公私混同は良くないと思うけど、今回は特例ってことで」


 そう言うとしーちゃんは、そのまま誰かに電話で話を始める。

 どうやら誰かに、今ここにいることを伝えているみたいだけれど……。



「――はい、申し訳ないのですがよろしくお願いします。――これでよしっと」

「えっと、誰と電話してたの?」

「えへへ、すぐにそこにいると思うから――あ、来た!」


 そう言ってしーちゃんは、関係者エリアの方へ向かって手を振る。

 俺達もその手を振る先を振り向くと、そこにはスマホを片手にしたスーツ姿の大人の女性の姿があった。

 ――あれ? どこかで見覚えがあるような気がするけど……。



「二日ぶりかしらね、紫音」

「はい、一瞬でしたけどね!」

「うふふ、そうね。って、そうだったわね。すいません、こちらわたしの関係者ですので」


 しーちゃんと挨拶を交わしたその女性は、すぐにスタッフさんに自分のネームカードを見せながら俺達を通すようにお願いする。

 するとスタッフさんは、その女性としーちゃんのことを交互に見ると、それはもう酷く慌てて俺達のことを通してくれるのであった。



「えっと、何がどうなってるんだ?」

「あ、ごめんね。こちら、エンジェルガールズのマネージャーをしている北村さんです」


 何が何だか分からないという孝之に向かって、しーちゃんはちょっぴり悪戯っぽく微笑みながらその女性を紹介してくれた。



「申し遅れました。エンジェルガールズのマネージャーをしております北村と申します。では、こちらへ」


 その自己紹介に、俺達だけでなく一緒にいた早乙女さんまで驚いていた。

 無理もない、今目の前にいるのは、あの天下のエンジェルガールズのマネージャーを務めるお方なのだ。

 俺達はともかく、同じアイドルである早乙女さんからしてみれば、それは雲の上を見上げるような存在に違いない。

 そう、どこかで見覚えあると思ったら、昨日の朝エンジェルガールズを車で迎えに来た人だと今気が付いた。


 こうして俺達は、北村さんのフォローのおかげで、無事に関係者としてエリアの中へ入らせて貰えることとなった。

 併設された建物の中は、今日出演する各アイドルの控室に割り当てられているようで、早乙女さん達ハピマジの控室はどうやら他のアイドルとの相室となっているようだった。

 そんなところに本当に入っちゃっていいのかなと思いつつも、俺達は早乙女さんに連れられるままその控室へと案内される。



「ここです! どうぞ!」

「ここ、入っちゃってもいいのかな?」

「えーっと……多分、平気かと……」


 返事に自信のない早乙女さん。

 きっと本人も、勢いだけで引き連れてきたという感じで、こういうことが良いのかどうかよく分かっていないのだろう。



「まぁ、こういうのはたまにある事だし大丈夫よ。いきましょう」

「って、北村さんも来るんですか?」

「あら、いいじゃない? だって暇なんだもの」

「暇って……もう、あかりん達はいいの?」

「良いの良いの、あの子達はもう立派なアイドルだし、他のスタッフが付いててくれてるからちょっとぐらい平気よ」


 呆れるしーちゃんの言葉に、あっけらかんと答える北村さん。

 それでいいのかマネージャーと思わなくもないが、まぁそれだけ信頼し合っている仲なのだろう。


 こうして、何故か北村さんまで一緒に控室の中へ入ると、そこにはハピマジのメンバーと、もう一組知らない三人組のアイドルの姿があった。


 そして、驚いたハピマジメンバーがこちらへ駆け寄ってくるのと同時に、予想していた最悪の事態が起きてしまう。



「……ちょっと、勝手に部外者を連れてこないでよね」

「本当よ、相室なの分かってるのかな」

「常識ないよねぇ、これだから地方アイドルは……」


 相室の三人組のアイドルは、俺達のことを横目に見ながら、わざと聞こえるような声でそう牽制してくるのであった――。


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