240話「会場」

 フェスの会場へと到着した。

 広場を仕切り、大きなステージが設置されているその光景に、これから本当にフェスが始まるんだという実感が高まってくる。

 既に会場は多くの人で賑わっており、出店や物販には列が出来ていた。



「……すげーな」

「……ああ、すげー」


 俺も孝之も、そんな非日常な光景にまたしても語彙力を失ってしまう。

 中でもやはり、今日の目玉であるエンジェルガールズの物販スペースは一番広く、既に長蛇の列が出来ていた。



「というか、三枝さん大丈夫か?」

「あー、うん。まぁ一応変装はしているけど、保証はないよね……」


 心配する孝之に、俺も歯切れの悪い返事をするしかなかった。

 今日のしーちゃんはキャップに眼鏡で変装こそしているけれど、アイドル界の頂点であるエンジェルガールズの元メンバーなのだ。

 そんな超が付く程の有名人であるしーちゃんが、今日このアイドルのメッカのような場所において大丈夫だなんて保証はどこにもなかった。


 けれど、当の本人はというと、そんなこと全く心配していない様子で楽しそうにニコニコと微笑んでおり、今も清水さんと一緒に楽しそうに出店についてお喋りをしているところを見ると、俺が守ってあげないとなと気を引き締める。


 ――トントン。


 すると、そんな覚悟を決める俺の背中を、いきなりトントンと叩かれる。

 驚いて振り向くと、そこには同じクラスの上田くんと、ハピマジファンの坂本さんの姿があった。

 坂本さんとは久々に会ったが、今日はハピマジのTシャツを着ており、全力でハピマジを応援するという意気込みが窺えた。



「やぁ一条くん。それに山本くんも。二人とも来てたんだね」

「ああ、うん。早乙女さんに誘って貰ってね」

「な、なんと!? リンリン本人から!? う、羨ましい……」


 電撃が走るように、オーバーに驚く上田くん。

 その反応に、今完全に余計な事を言ってしまったかもしれないと思ったが、口にしてしまったものはもう仕方がなかった。



「孝くん孝くん! いっぱい出店があるよ! って、あれ? 上田くんじゃない」


 すると、そんな俺達の元へと駆け寄ってきた清水さんは、同じクラスの上田くんの存在に気付く。

 俺と上田くんが仲良くしている事もあり、二人も一応面識はあるのだ。

 そんな清水さんの登場に、珍しいと思っているのか私服姿の清水さんの姿を見て固まってしまっていた。



「う、ううう、上田くん!! そ、そそそちらの子は、どこのアイドルグループの子ですかなぁ!?」


 すると、それまで黙っていた坂本さんが、清水さんの姿を見て急に慌てふためき出す。

 それはもう本当に驚いた様子で、しかもその口ぶりから完全に清水さんのことをアイドルと勘違いしているようだった。



「あ、いや坂本さん。こ、こちらは同じクラスの――」

「ク、クラスメイトにアイドルがいるのですかぁ!?」


 上田くんが説明しようとするも、清水さんのことをアイドルと信じて疑わない坂本さん。

 そんな完全に暴走モードに入ってしまった坂本さんに、「あーまた入っちゃいましたか」と上田くんはやれやれと呆れてしまっていた。

 どうやら坂本さん、こうして暴走することも少なくないらしい……。



「あー分かります分かります! さくちゃんはアイドル級に可愛いですよねー」

「で、ですよねっ!! これはアイドル界の歴史が動く――って、ふぇえええ!?」


 そこへ、出店見学から戻ってきたしーちゃんが、一緒にニコニコと笑いながら坂本さんに賛同する。

 その結果、話しかけてきたのがしーちゃんだということに気が付いた坂本さんは、それはもうアニメのように大胆に飛び跳ねながら驚いてしまうのであった。


 そんなわけで、まさにアイドル級に可愛い清水さんと、アイドルそのものだったしーちゃん二人の姿に、プルプルと震えている坂本さんの反応は、二人の特別さを語る上では一番分かりやすい反応とも言えた。



「おい桜子、どうやらアイドルだと勘違いされてるみたいだぞ?」

「もう、やめてよ。わたしはそういうのじゃないから……」

「えー、いいじゃない! わたしとデュオ組んで、来年はこのステージに一緒に上がっちゃう?」


 恥ずかしがる清水さんに、しーちゃんは楽しそうにまさかの提案をしだす。

 勿論それは冗談なのだろうが、しーちゃんが言うとあながち嘘に聞えなかった。


 それにこの二人なら、身内の贔屓とか抜きに人気が出るんじゃないかと思えるから恐ろしい……。


 だから俺と孝之、それから上田くんも坂本さんも、ステージ上で踊る二人の姿を想像すると、勝利を確信しながら互いに握手を交わしたのであった。

 全員とても良い顔をしていたことは、言うまでもない――。


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