239話「寝起きとペアルック」

「たっくん! 起きて起きて!」


 聞えてくるその声と共に、揺すられる身体……。



「……ん、しーちゃん……おはよう……」

「はい! おはようたっくん! さ、起きたら支度しちゃうよ!」


 目を開けるとそこには、満面の笑みで微笑むしーちゃんの姿があった。

 珍しく先に起きているしーちゃんは既に着替えも済ませており、朝から元気ハツラツといった感じだった。

 いつもは朝に弱いはずなのに、今日は珍しいなと思いながら俺も起床する。


 ちなみに昨晩は、ちゃんと別々の布団で眠っている。

 その前の晩は一緒のベッドで寝ておいてなんだが、やはりここはしーちゃんの実家だからと昨晩はそうさせて貰った。

 その結果、「だったらわたしもお布団で眠る!」と言って、隣に敷布団を並べて眠るしーちゃんは、とにかく楽しそうで可愛かった。


 まぁそんなわけで、隣でずっとニコニコと俺のことを観察してくるしーちゃんがかなり気になりつつも、目覚めた俺も支度することにした。


 今日はこれから、アイドルフェスへ向かうのだ。

 きっとしーちゃんも、それが今から楽しみなのだろう。

 それは俺も同じ気持ちだから、急いで支度することにした。



「たっくんは、今日はどのTシャツ着るのー?」

「え? ああ、そうだなぁ……あの緑のやつにしようと思ってたけど」

「ほうほう、あれだね。じゃあわたしも着替えて参りますので、たっくんはここで着替えちゃってね!」


 それだけ言うとしーちゃんは、楽しそうに部屋から飛び出して行く。

 そのちょっぴり挙動不審なしーちゃんに、一体何なんだろうと思いつつ俺は言われた通り着替えを済ませることにした。



 ◇



「じゃじゃーん! たっくん見て見て!」


 ノックと共に、部屋へと戻ってきたしーちゃん。

 そして戻ってきたしーちゃんは、なんと俺と同じ緑のTシャツに着替えていた。



「へっへっへ! ペアルックだよ!」


 両手を腰に当てながら、胸を張ってペアルック宣言をするしーちゃん。

 だから俺は、そんなしーちゃんに向かって「そうだね」と微笑んでおいた。


 ちなみに本来ペアルックとは、同じものを着ることだと思うのだが、今俺が着ているのは緑にワンポイントでブランドロゴがプリントされたシンプルなTシャツだ。

 しかし、しーちゃんが着替えてきたそのTシャツは、色見が若干違うのに加えて、胸元には「I LOVE NINJIN」(LOVEの部分がニンジンの絵)になっている謎Tシャツだった。


 ――どこで買ったんだろう、それ。


 そんなことを思いつつも、まぁ本人が物凄く満足しているみたいだし、余計なことは言わないでおいた。

 とりあえず、そんな謎Tシャツを着てドヤ顔をしているしーちゃんもまた、ゆる可愛いのであった。


 こうして、着替えを終えた俺達は、朝食を済ませると早速フェスへ向かって出かけることとなった。



「楽しみだね!」

「そうだね」


 言葉通り、繋いだ手を楽しそうにブンブンと振りながら、隣を楽しそうに歩くしーちゃんの姿に、俺も自然と笑顔が零れてしまう。

 本来はステージの上にいるはずのしーちゃんが、今日は観客として一緒に隣で微笑んでくれていることに、俺は改めて感謝というか、特別なんだよなと再認識する。


 そして、電車を乗り継ぎ会場の最寄り駅へとやってきた。

 最寄り駅に近付くにつれて、電車の中は今日のイベントへ向かうのであろうアイドルファンと思しき人達で込み合ってきており、いよいよフェスが始まるんだなという高揚感が生まれてくる。


 そして駅のベンチに腰かけて暫く休んでいると、遅れて孝之と清水さんの二人が改札をくぐってやってきた。



「おっす二人とも!」

「おはよう!」


 孝之と清水さんは仲良く手を握り合っており、以前にも増してお似合い度が高まっているように感じられたのは気のせいじゃないだろう。

 相変わらず美男美女カップルだよななんて思いつつ、合流した俺達も会場へと向かうことにした。



「あ、紫音ちゃん。今日はTシャツなんだね」

「うん! 今日はたっくんとお揃いにしたんだ!」

「お、お揃い? ……うん、そうだね、いいと思うよ」


 ドヤ顔で返事をするしーちゃんに、苦笑いを浮かべる清水さん。

 きっと清水さんも、『I LOVE NINJIN』の謎プリントに戸惑っているのだろう。

 そんな微笑ましいやり取りをすうる二人のことを見守るように、俺と孝之はその後ろを歩く。



「やっぱりアレだよな」

「アレ?」

「おう、二人ともさ、すっげー美少女だよなって」

「ああ、そうだな」

「そうなんだよ」


 そして俺と孝之は、楽しそうに微笑み合う美少女二人の姿に、今日も軽く語彙力を失ってしまうのであった。


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