232話「留守番」
エンジェルガールズのみんなを見送り、それから俺達は着替えを済ませると朝食を頂くことになった。
ご飯、お味噌汁、それから焼き鮭にほうれん草に和え物と、しーちゃんのお母さんの用意してくれた朝食はバランス良く、味もとても美味しかった。
そして朝食を済ませると、今日だけはしーちゃんのご両親は仕事へ向かわなければならないらしく、その結果今日は二人で留守番することとなった。
「せっかく帰って来てくれたのに、ごめんなさいね」
「出来るだけ、早く終わらせてくる」
「ううん、大丈夫だよ。パパ、ママ、気を付けて行ってらっしゃい」
申し訳なさそうに謝るご両親に、しーちゃんはニッコリと微笑みながら手を振って送り出す。
だから俺も、しーちゃんに合わせて一緒にご両親を見送ると、二人とも俺が一緒にいることに安心してくれるように優しく微笑み返してくれた。
そして、ご両親の乗った車が見えなくなるまで、俺はしーちゃんと本日二度目の見送りを済ませる。
「――行っちゃったね」
「うん、でもたっくんがいてくれるから平気だよ」
その言葉に、俺も微笑み返す。
今日はずっと一緒に過ごせることに対する喜び、それから、しーちゃんの寂しさを埋めてあげたいという強い気持ちを抱きつつ、二人手を握り合いながら家の中へと戻った。
「――わたしね、小さい頃はもっとワガママな子だったんだ」
リビングのソファーに一緒に腰掛けながら、しーちゃんは昔を思い出すようにそう呟く。
「ワガママ?」
「うん――小さい頃はね、パパとママが仕事に行っちゃう度、よく行っちゃやだーって泣いてたんだ」
そんな、小さい頃の自分を少し恥ずかしがるように、しーちゃんは過去の自分の話をしてくれた。
「……無理もないよ、まだ小さい頃なら」
「うん、そうなんだけどね。――それでもわたしはね、パパとママが忙しいのは分かってたし、お仕事に行かないといけないこともちゃんと理解してたの。だからね、自分でも自分がワガママを言ってるってことは自覚してたんだ」
自虐するような笑みを浮かべながら、自分がワガママだったという理由を話してくれるしーちゃん。
しかし、それはやっぱり子供だから無理もないことだと思う。
俺だって、小さい頃に両親がいない生活が続いたら、きっと同じことを思うに違いないから――。
「――だからね、最初は自分から言い出したんだ。夏休みは、おばあちゃん家に行くって」
「そう、だったんだね」
「うん、半分いじけて言ったところもあるんだけどね。そしたら、たしか留守にすることの多いこの家に一人残すより良いだろうって話になっちゃってね、それからは毎年おばあちゃん家で過ごすようになったの」
「そっか……」
「あ、でもねっ! わたしもおばあちゃんやおじいちゃんに会えるのは嬉しかったし、二人も喜んでくれてたから全然平気だったんだよ?」
それは、その言葉の通りなのだろう。
しかしそれでも、当時のしーちゃんが寂しくなかったわけではないと思えるだけに、俺は何て反応したら良いのか分からず、結局また「そっか」と言って頷くことしか出来なかった。
「――それにね、そのおかげでわたしは、たっくんと出会うことが出来ました」
しかししーちゃんは、そう言って満面の笑みを俺に向けてくれる。
その表情は本当に嬉しそうで、まるで当時起きた奇跡を喜ぶように――。
「――うん、俺もあの時の夏休みは、一番楽しかった」
だから俺も、そう言って一緒に微笑む。
二人で顔を突き合わせながら微笑み合っていると、まるであの頃に戻ったような感覚になってくる。
最初は名前も知らない、いつも読書をしている女の子。
彼女の名前はしーちゃんで、俺はたっくんと呼ばれるようになった。
そして気が付くと、いつも二人で公園に集合しては、毎日のように遊んでいたあの夏休み――。
それはやっぱり、自分の中での大切な想い出。
そして今は、それ以上の想い出をこうして一緒に増やし続けていられることの喜びを、俺は改めて噛みしめる。
すると、しーちゃんはそんな俺の肩にそっと自分の頭を預けてきた。
「幸せだなぁ……」
そして、幸せを噛みしめるように呟かれたその一言には、今のしーちゃんの気持ちが全て含まれているようだった。
「そうだね……」
だから俺も、同じ気持ちであることを伝えるように、そう一言だけ返事をする。
するとしーちゃんは、それが嬉しかったのかクスクスと笑い出す。
「あーあ、わたしいいのかなぁ……」
「ん? いいのかなって?」
「……こんなたっくんを、独り占めしちゃっていいのかなって」
肩に頭を預けたまま、俺の顔を見上げて微笑むしーちゃん。
頬を薄っすらとピンク色に染め、幸せそうに微笑むしーちゃんを前にすると、俺も自然と笑みが零れてしまう――。
「……大丈夫だよ、俺はこれからもずっと、しーちゃんと一緒にいるつもりだから」
安心させるように、自分の手をしーちゃんの手の上にそっと重ねる。
自分より高い体温が重なる手から伝わってくることで、俺は確かに今こうして繋がれていられることを実感する。
そして見つめ合う俺達は、そのまま自然とお互いの顔を近付け合うと、そっと優しく口付けを交わす――。
その柔らかい唇の感触が、何より一緒にいられることの喜びを実感させてくれるのであった――。
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