228話「親子」

 腕を組むしーちゃんに、ごめんねと謝る国民的アイドル達の姿。

 そんな、あまりにも非日常的過ぎる光景はともかくとして、もういい時間だし俺もお風呂を頂くことにした。

 それは決して、この非日常的な状況から逃れるためなどでは断じてない。



「じゃあ、俺もお風呂行ってくるよ」

「あ、うん。ごめんねたっくん、ゆっくり浸かって来てね」


 俺の言葉に対しては、申し訳なさそうに微笑みながら見送ってくれるしーちゃん。

 そしてまた、あかりん達エンジェルガールズの方へ視線を向けると、再び腕を組みながらエンジェルガールズを見下ろすしーちゃん。

 もしかしたら、実はしーちゃんはあまり怒らせてはいけないタイプなのかもしれない……。


 そんなしーちゃんにちょっと怖気づきつつ、俺はとりあえずお風呂場へと向かうことにした。



「おや、卓也くんいらっしゃい」

「あ、お邪魔してます」


 すると、丁度今帰宅してきたのであろうしーちゃんのお父さんと、廊下でバッタリと鉢合わせる。

 慌てて俺は挨拶をしつつ頭を下げると、お父さんは笑って受け入れてくれた。



「そうか、お風呂へ向かうところかな? ――うん、どうかな卓也くん? 今日は男同士、一緒に入らないかい?」


 そして、お父さんからまさかのお誘いを受けてしまう。

 当然断るわけにもいかない俺は、オーケーするとそのまましーちゃんのお父さんと一緒にお風呂へと向かうことになったのであった。



 ◇



 久々に入ったしーちゃんの実家のお風呂は、やっぱり広かった。

 これなら四人同時にでも入れないこともないという広さで、流石はお金持ちだなと俺は改めて感心すると共に、自分の家とのお風呂格差を痛感する。



「はっはっは、すまないね急に」

「いえ、そんなことは」


 そして、俺のあとからお風呂へと入ってきたのは、勿論しーちゃんのお父さんだ。

 まだ四十代前半と若いだけあり、見た目はやっぱりお父さんというほど歳も感じさせず、どちらかと言うと格好いい大人の人という印象だ。

 しーちゃんのお母さんもそうだが、やっぱりご両親とも美男美女というか、そんな二人だからこそしーちゃんが生まれてきたのだろうと、俺は遺伝子レベルで納得してしまう。



「いやね、私は夢だったんだよ」

「夢、ですか」

「うん、自分の息子と一緒にお風呂に入るのがね」


 二人は余裕で入れる広い浴槽に入りながら、お父さんはそんな話を始める。

 俺は返事をしつつ、そんなお父さんの隣を失礼して一緒に浴槽へと浸かる。



「私はね、最初は男の子が欲しかったんだよ」

「そうだったんですね」

「ああ、こう見えて私は結構形から入るタイプでね、息子とキャッチボールがしたかったんだ」


 そう言って笑うお父さんにつられて、俺も一緒に笑った。

 たしかに、普段は厳格というかしっかりとしたイメージが強かっただけに、形から入るタイプというギャップがちょっと可笑しかった。



「――でも今ではね、生まれて来てくれたのが紫音で、本当に良かったと思っているよ」

「――はい」

「これは親バカだと思われてしまうかもしれないけどね、紫音は本当に天使のように可愛い」

「それは分かります!」

「はっはっは、そうだったね、卓也くんならそうだろうね」


 俺の完全同意に、可笑しそうに笑い出すお父さん。

 俺は俺で、お父さんが俺の考えを分かってくれていたことが嬉しかった。



「まぁ、そんな紫音のおかげで、こうして卓也くんとも一緒にお風呂に入ることも出来ているんだ。感謝せねばな」


 そして満足そうに、こちらを向いて笑いかけてくれるお父さん。

 そんな風に受け入れてくれていることが嬉しくて、俺も自然に笑みが零れてしまう。



「今年はね、私も都合が付く限りは紫音の家へと行くようにしているのだよ」

「はい、聞いています」

「そうか。相変わらず忙しくて、中々一緒に過ごしてあげられる時間は限られているのだがね、最近は気付いたことがあるんだ」

「気付いたこと、ですか」

「ああ、最初は私もね、親として紫音のために会いに向かっていたつもりだったんだ。――でもね、いつの日か、私は紫音のためと言うより、自分のために紫音に会いに行くようになっていることに気が付いたのだよ」


 すっかり立場逆転だなと笑うお父さん。

 娘と一緒に過ごせる時間が、今ではすっかり自分の中で楽しくて、愛おしくて、そして大切な時間になっているのだと話してくれた。



「以前の私は、娘に対して心のどこかで引け目を感じていたんだと思う。中々これまで、親らしいことをしてあげられなかった駄目な私だ。正直に言えば、もっと会う機会は作れたと思うのだが、弱い私は仕事を理由に避けていた面もあったのだよ。――でもね、大晦日のあの日、私は久々に会った紫音と会話をして、そうじゃないだろうと思い知ったのさ。あの子は、私達と久々に会えたことに対して、本当に嬉しそうに笑ってくれていたのだ――」


 あの日のことを思い出すように、お父さんは話を続ける。



「これでも会社のトップとして、様々な人を見てきたつもりだったのだが……私は一番身近な、自分の娘のことすらちゃんと理解出来ていなかったことに気付かされたよ。――だから私は、あの日からもっと積極的になってみることにしたんだ」

「それで、しーちゃんの家に行くように?」

「ああ、そうだ。これまで一緒に過ごせなかったからこそ、これからはもっと一緒に過ごす時間を作ろうと思ってね」


 その言葉に、俺は言葉では言い表せないような喜びを感じてしまう。

 しーちゃんがご両親と過ごせる時間が増えていること、それから、お父さんがこんなにもしーちゃんのことを考えてくれていることが、俺は純粋に嬉しかったのだ。



「だから、本当は紫音がこっちへ帰って来てくれるのが一番いいのだが――でもそれはきっと、紫音が許さないだろうからね」

「えっと、それは何と申しますか……」

「いや、卓也くんが謝ることじゃないよ。それどころか、あの日も言ったが私達は本当に君に感謝しているのだよ。君がいてくれるおかげで、紫音は良い意味で変わることが出来たのだからね。あと、それにだ――」


 そう言ってお父さんは、改めて俺の顔を見ながら笑みを浮かべる。



「――このまま二人が一緒になってくれれば、晴れて私にも息子が出来るわけだしね」

「ぼ、僕がですか!?」

「なんだい? 駄目だったかい?」

「い、いえ! そんな! よ、よろしくお願いしますっ!」


 慌てて頭を下げると、それが可笑しかったのかお父さんは豪快に笑ってくれた。

 それが俺も嬉しくて、一緒に笑い合うことが出来た。


 こうして、最後はお互いの背中を洗い合うことで、しーちゃんのお父さんと更に打ち解けることが出来つつ、お風呂を済ますことが出来たのであった。

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