223話「旦那さん」

「帰るの面倒になっちゃった。今日泊めてよ」


 一緒にご飯を食べ終えたところで、お腹を摩りながらそんなことを言い出すみやみや。

 もう動きたくなーいとそのまま寝転がりながら、既に本人は泊っていく気満々な様子だった。



「それは……ごめんねたっくん、いいかな?」


 困り顔で、俺に確認してくるしーちゃん。

 当然駄目だなんて言えるはずもないし、久々に再会した二人なのだ。俺は笑って大丈夫だよと答える。

 しかし今日がほぼ初対面の、しかも現役エンジェルガールズの子と一つ屋根の下に泊まるというのは、流石に緊張してしまう自分がいた。



「やったー! じゃあ、そういうことで~」


 そして、泊っていいと分かった途端、完全に我が物顔で再びソファーで横になるみやみや。

 その表情は本当に幸せそうで、そんなとろけた顔を見せられてはしーちゃんはもう何も言えない様子だった。



「じゃあ、俺は洗い物手伝いますよ」

「あら? いいの? ふふ、家事の出来る旦那さんは素敵ね」


 ご飯を頂いたお礼に洗い物をすると申し出ると、俺のことを旦那さんと呼んでニヤニヤと微笑むお母さん。

 その言葉と様子に、俺もしーちゃんも顔が真っ赤になってしまったのは言うまでもない。



「もうっ! ママったら変なこと言わないでよっ! 洗い物はたっくんとわたしでやってくるから!」

「あらあら、そう? じゃ、お願いね」


 しーちゃんの反応に、面白そうにコロコロと微笑むお母さん。

 そんな反応がまた恥ずかしいのかしーちゃんは、手早く食器をお盆にまとめると「たっくん、行こっ!」と言ってそそくさと台所へ向かって行ってしまったため、俺も慌ててあとを追った。



 ◇



 しーちゃんと並んで、一緒に洗い物をする。

 ここがしーちゃんの家だったら、いつも嬉しそうに洗い物をする俺の後ろにしーちゃんがくっついてくるところだが、今日は実家ということもあり、俺が洗ったお皿をしーちゃんが乾燥機へ並べるという分担で洗い物をしている。



「あのね、さっきの話だけどね」

「さっきの?」

「うん、ママが言ってたやつ」


 洗い物をしながら、そっとしーちゃんが口を開く。

 ママが言ってたやつとは、恐らくそれは俺が良い旦那さんになるっていう話のことだろう。


 だから俺は、その話がどうしたんだろうと隣を向く。

 するとそこには、恥ずかしそうにこちらを見つめてくるしーちゃんの姿があった



「ママの言う通り、こうして家事とか率先してやってくれるところもね、わたし好きだよ」

「う、うん、そっか。ありがとう……」


 急な褒め言葉に、俺まで恥ずかしくなってしまう。

 こんな風にしーちゃんの口から好きと言われる度に、俺はいつもドキドキさせられてしまうのだ。

 きっとこれは、いつまで経っても慣れることなんてないと思う。



「だからね? ママの言う通り、たっくんは良い旦那さんになるんだろうなって」


 そう言ってしーちゃんは、食器を乾燥機へ運ぶ手を止める。

 その頬は赤く染まっており、そのまますっと肩と肩が触れ合う距離まで近付いてくる。


 そして、うるうるとしたその大きな瞳で俺のことを真っすぐ見つめてくると、そのまま背伸びをしながらそっと俺の頬にキスをしてくれた――。



「たっくんのお嫁さんは、わたしがいいな……」


 ゆっくりと頬から唇を離すと、恥ずかしそうに目を逸らしながら小さくそんな言葉を呟くしーちゃん。

 その言葉に、俺は洗い物していた手を一度止めると、そのまましーちゃんの両手をぎゅっと握った。



「俺も、お嫁さんはしーちゃんがいいよ」

「本当?」

「勿論。しーちゃん以外、ちょっと考えられないかな」


 そう言って照れ隠しに微笑みながら答えると、安心したのかしーちゃんも一緒にふんわりと微笑んでくれた。


 例えこんな風にしーちゃんが望んでくれなかったとしても、俺にとってはもうしーちゃん以外あり得ないのだ。

 それ程までに、俺の中でしーちゃんという存在は、特別で愛おしくて何よりも大切で、もう側に居なくては困る存在なのであった。



「……じゃあたっくん。こんなわたしですが、これからも末永く宜しくお願いしますね」

「……うん、こちらこそ宜しくお願いします」


 お互いに頭を下げ合うと、再び微笑み合う二人。


 しかし、そんなやり取りをしていると背後から何やら物音が聞えてくる。

 驚いて二人で振り返ると、そこには扉の隙間からこちらを覗くみやみやの姿があった。



「……いや、その、ごめんね?」


 扉の隙間からひょっこり顔だけだしたみやみやは、きっと今のやり取りを全て見ていたのだろう。

 謝りつつも、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 そんなみやみやに、しーちゃんは恥ずかしそうに頬を赤らめながらも、誤魔化すようにすっとまた元の位置に戻って返事をする。



「もう、覗き見は駄目だよっ! ――それで、どうしたの?」

「あーうん、ごめんごめん。あのね、さっきみんなに今日は紫音の家に泊まるんだって自慢したらね、こんな返事が返ってきたの」


 そう言って、みやみやは自分のスマホの画面を見せてくれた。

 どうやらそれは、エンジェルガールズ内のグループLimeのようで、みやみやの報告に対して他のメンバーが『ずるい! わたし達も行く!』と返信しているのであった。



「え、みんな来るの?」

「うん、ママさんにはもう許可貰ってるよ」


 驚くしーちゃんに、一人も四人も一緒でしょ? と微笑むみやみや。

 それをみやみやが言いますかって感じなのだが、お母さんがオーケーしているのであれば泊まること自体は問題ないのだろう。


 しーちゃんは、そんな勝手に決めていってしまうみやみやに呆れつつも、その表情は嬉しそうだった。

 久々にみんなに会えるのだ、しーちゃんからしてみればそんなの嬉しいに決まっている。


 こうして、しーちゃんの実家で過ごすことになったGW初日。

 どうやらこれから、エンジェルガールズがここへ全員集結することになったのであった。


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