220話「シュワシュワ」

「こうして一緒に電車に乗るのも、久しぶりだね」

「えへへ、そうだね」


 俺は少し大きめの鞄、そしてしーちゃんは小さ目のキャリーケースをそれぞれ手にしながら、俺達は一緒にしーちゃんの実家へ向かうべく電車に揺られている。

 こうして一緒に電車に乗っていると、去年の初めて一緒に出掛けたあの日のことを思い出す。

 あの時は目の前の女の子達に噂されて、それから「しーちゃん」呼びが定着したんだっけ。

 それから俺がしーちゃんって呼ぶ度、可愛い反応してたんだよな。


 そんな一年近く前のことを思い出していると、思わず笑いが込み上げて来てしてしまう。

 そして隣に座るしーちゃんは、一人笑っている俺を見ながら何を思ったのか、慌てて自分の顔をぺたぺたと触りながら確認をしていた。



「大丈夫だよ、何もついてないよ」

「ふぇ? あ、うん、良かった」


 自分のことじゃないと分かったしーちゃんは、安心するように微笑む。

 当然今もサングラスで変装はしているが、それでもしーちゃんの微笑みは魅力に溢れていた。

 恐らく正体はバレてはいないだろうが、サングラスをしていても一目で美少女だと分かるしーちゃんは、同じ車両に乗り合わせている人達の視線を集めていた。


 そんなここでも注目の的であるしーちゃんだが、今日もそんな視線など全く気にしない。

 そして何かを取り出そうと、キャリーケースとは別に持ってきた小さ目のショルダーバッグを開けてゴソゴソと何かを探し出す。



「はい! たっくん飴ちゃん!」

「え? 飴ちゃん?」

「うん、シュワシュワってするやつだよ!」


 そう言って、嬉しそうに飴を一つ差し出してくるしーちゃん。

 俺はその飴を貰い口へ放り込むと、確かに口の中でシュワシュワと弾けだす。

 こういうの、小さい頃はよく舐めてたよなぁと懐かしんでいると、隣のしーちゃんはワクワクした様子で俺の反応を窺っていた。



「ね、シュワシュワでしょ?」

「そうだね、ありがとう美味しいよ」


 そう答えると、しーちゃんは満足そうに微笑み自分の口にも同じ飴を放り込む。

 そして、同じくシュワシュワを楽しんでいるしーちゃんは、どこか子供っぽくてとにかく可愛かった。


 こうして一緒に飴を舐めていると、電車はどんどん進んでいく。

 窓の外の景色は徐々に都会へと移り変わり、車内の人も増えてきた。



「GWだし、みんなお出かけかな?」

「うん、そうだろうね。荷物も多いし」

「考えることはみんな一緒だね」


 二つ目の飴を口に運びながら、楽しそうに微笑むしーちゃん。

 そして再び口の中に広がるシュワシュワを嬉しそうに味わっている姿は、さながら遠足に出掛ける時のように無邪気な可愛さで溢れているのであった。



 ◇



「到着ー!」


 電車に揺られること一時間ちょっと、降りた駅はしーちゃん家の最寄り駅ではなく渋谷だった。

 まだ帰るには少し早いということで、少し時間を潰していこうということで渋谷へやってきたのである。


 しかし、俺は今日初めて渋谷へやってきたのだがとにかく凄かった。

 街に並ぶ建物も凄いのだが、何より普段見ることのない大勢の人で賑わっているのだ。

 若者の街とはよく耳にするが、実際に来てみると全くもってその通りだと思えた。



「凄い人だね……」

「あはは、そうだね!」

「これだけいると、しーちゃんがここに居ることバレたりしないかな」

「んー、人が多い方が意外とバレないものだよ! 行こっ! たっくん!」


 そう言ってしーちゃんは、手を差し出してくる。

 本当かなと思いつつも、だからこそはぐれないようにしないとと思いながら俺はその手をしっかりと握り、一緒に渋谷の街を歩いた。



「たしかこの辺りに……あった! あそこだ!」


 そして、少し歩くと駅からちょっと離れた所にあるお店を指さすしーちゃん。



「ん? あそこ?」

「うん、丁度お昼時だしあそこでご飯食べよう!」


 なるほど、もうそんな時間か。

 腕時計を見ると、たしかにもうすぐ十二時とお昼を食べるには丁度良い頃合いだった。

 でも、なんでそこのお店は何なんだろうと思いながらついていくと、どうやらそこは喫茶店のようだった。


 お店へ入ると、街は人で溢れているものの店内はとても落ち着く雰囲気だった。

 席もゆったりとしたスペースで区分けされており、BGMも丁度良い音量で落ち着く感じの選曲が雰囲気ともマッチしている。



「ここね、アイドル時代たまに来てたんだ」

「へぇ、そうなんだね」

「うん、マネージャーさんに紹介して貰ったんだけどね。渋谷ってどこ行っても人だらけだけど、ここなら落ち着くでしょ? 秘密基地なのだ」


 内緒の話をするように教えてくれたしーちゃんは、やっぱりどこか子供っぽい笑みを浮かべる。

 そんなしーちゃんに笑ってしまいながら、俺達は案内された席へと座ると一緒にメニュー表を開く。



「たっくんはどれにする?」

「んー、どうしようかな。しーちゃんは?」

「たっくん、それ聞いちゃいます?」

「あー、はい。ハンバーグね」

「流石たっくん! わたしの世界一の理解者!」


 そんな、世界一簡単な問題に見事正解した俺は、悩んだ結果日替わりパスタセットを頼み、そしてしーちゃんはやっぱりハンバーグセットを頼むと、それからゆっくりと二人でランチを楽しんだのであった。


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