215話「付き合うということ」
「じゃ、せっかくだし歌ってこっか」
孝之と清水さんが無事仲直り出来たことを見届けたしーちゃんは、話題を変えるようにそう言ってマイクを手に取り微笑む。
「そうだな、ここに来るのも久しぶりだし歌うか!」
そんなしーちゃんに、孝之もいいねとガッツポーズで応える。
思えば以前ここへ来た時も、この二人の盛り上げのおかげで場が打ち解けたんだよな。
そんな二人のことを見ながら、清水さんも楽しそうにコロコロと笑っていた。
その手はしっかりと孝之と繋ぎ合っており、無事仲直りした二人は目と目を合わせながら優しく微笑みあっていた。
まぁこれで無事、一件落着だな。
そんなことを思っていると、すっと立ち上がったしーちゃんがツツツと近付いてくると、それから俺の隣にちょこんと座る。
そして、俺の腕に自分の腕を回して抱きつきながら、少し甘えるようにお願いをしてくる。
「ねぇたっくん、デュエットしよ?」
「デュエット? ま、まぁいいけど、あんまり上手くないよ」
「そんなことないよ! じゃあ、一緒に曲選ぼ?」
そう言ってしーちゃんは、楽しそうにデュエットソングの選曲を始める。
良い歌だけど、これは別れの歌だから却下だねとか中々丁度良い曲が見つからないが、こんな風に一緒に歌う曲を決めているだけでも楽しかった。
そんな感じで、やっぱりまずは盛り上がる曲がいいよねとか会話をしていると、俺達が選曲するより先に突然スピーカーから曲のイントロが流れ出す。
「――じゃあ、無事桜子と仲直り出来た記念ってことで、俺から歌わせて貰うぜぇ!」
一瞬何かと思ったが、それはやっぱり先に孝之が選曲した曲のイントロだった。
何故やっぱりなのかというと、もうイントロで誰が入れたのかすぐに分かってしまったからだ。
――バラード孝之、今日も健在だな。
そう、今日も孝之は初手バラードを決め込んだのである。
最早カラオケではお決まりになりつつあるこの流れだが、まぁ今日のところは良しとしようと思う。
何故ならその曲は、一人の女の子に対するラブソングだから。
二人が仲直り出来た今に限っては、むしろその選曲の方が正解なのであった。
「――ねぇたっくん、じゃあわたし達もさ、これ一緒に歌わない?」
そして、清水さんのためにバラードを熱唱する孝之の歌声を聞きながら、しーちゃんはそっと曲を選んだ画面を見せてくる。
それは有名なラブソングで、男女の掛け合いで歌われる甘い曲だった。
少し恥ずかしそうにしながらも、一緒に歌いたそうにこちらを見つめてくるしーちゃんを前に、俺はもうその提案を断れるはずもなかった。
こうして、孝之の次は俺としーちゃんのラブソング、そしてお返しとばかりに孝之と清水さんもラブソングを歌うという、何とも甘ったるいラブソングカラオケ大会になったのであった。
◇
「いやぁ、歌ったな!」
「そうだね」
「孝くんは歌いすぎだよ」
「あはは、言えてる」
時間いっぱいまでカラオケを楽しんだ俺達は、駅へと向かってすっかり日の落ちた道を四人で歩く。
孝之と清水さんは、以前のように一緒に手を繋ぎ合っているのだが、それでも今までとはちょっと違うのだろう。
まるで付き合い立ての男女のように、二人とも嬉しそうにしているのが伝わってくる。
「あ、ねぇたっくん、わたしちょっと寄りたいところあったの思い出した! 今から付き合って貰えないかな?」
するとしーちゃんは、そう言って握った俺の手を引っ張る。
一瞬何だろうと思ったが、その顔を見てしーちゃんが何を言いたいのかすぐに察した。
「分かったよ、行こっか」
「ありがとうたっくん! じゃあわたし達はここでバイバイするね!」
嬉しそうに俺の腕に抱きつきながら、孝之と清水さんに向かって手を振るしーちゃん。
そんなしーちゃんの気遣いに、孝之と清水さんも笑って応える。
そう、しーちゃんは別に寄りたいところなんてきっとないのだ。
せっかく仲直り出来た孝之と清水さんを、二人っきりにさせてあげようというしーちゃんなりの気遣い。
それは俺も同じ気持ちだったため、俺も二人にバイバイするとしーちゃんと一緒に別の道へと別れた。
「二人とも、仲直り出来て良かったね」
目的もなくゆっくりと道を歩きながら、しーちゃんは良かったねと嬉しそうに微笑む。
「いつかわたしも、たっくんとすれ違ったり喧嘩しちゃうこととかあるのかなぁ」
「んー、どうだろう?」
「なーに、たっくん? 何だか他人事じゃない?」
「あはは、何て言うかさ、そういうのはあんまり実感ないんだよね」
「ふーん、軽く思われちゃってるのかなぁ」
俺の受け答えが不味かったようで、少し膨れてそっぽ向くしーちゃん。
勿論それは本気で怒っているわけでなく、あくまでポーズでやっていることは分かっている。
けれど、俺の言った意味はそういう意味じゃないから、俺は言葉を付け加える。
「そうじゃなくってさ、俺はしーちゃんのことが大好きだから、今の自分がしーちゃんから離れようなんて思えないんだ。ずっとこれからも、側にいたいって思ってるから」
言っていて少し恥ずかしくなりながらも、俺はなんで実感がなかったのかその理由をしっかりと言葉にする。
きっと、こういう素直な気持ちをちゃんと言葉に出来ることが、きっと男女がお付き合いするうえで長続きする秘訣だと思うから。
「……もう、たっくんって本当に、もう」
「もう?」
「――もう、大好き!」
顔を真っ赤にしながら、ぎゅっと抱きついてくるしーちゃん。
「やっぱり、たっくんはずるいよ」
「ずるいかな」
「こんなこと言われたら、わたしも怒れないもん……」
「じゃあ、これから先も喧嘩しないで済みそうだね」
俺が笑って答えると、しーちゃんは自分の顔を隠すようにまたぎゅっと抱きついてくる。
だから俺は、そんなしーちゃんの小さくて可愛らしい頭を優しく撫でる。
「だから、これからも宜しくね」
「……こちらこそ、末永く宜しくお願いしますぅ!」
幸い人気のない通りだったため、俺達はそのまま暫く抱き合った。
安心するように、腕の中で嬉しそうに微笑むしーちゃんの顔を見ていたら、俺はやっぱりこの関係を絶対に手放したくなんてないと思いながら――。
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