214話「向き合うということ」
「じゃあ、今日はお付き合い頂きありがとうございました。わたしはここで失礼しますね」
「いや、もう日も落ちて来てるし、せめて駅まで送るけど」
「いえ、いいんです。わたしも部活終わりのお友達と帰りますので。それにきっと先輩達は、これからもっとすべきことがありますよね?」
なので、ここで失礼しますと言って、早乙女さんは駆け出して行ってしまった。
そんな、何でもお見通しな早乙女さんに、俺も孝之も顔を見合わせながらやれやれと笑ってしまう。
「……そうだな、早乙女さんの言う通りだわ」
「孝之……」
「今日ここに三枝さんがいないってことは、今は桜子と一緒なんだよな?」
「ああ、一緒に帰ったのは間違いないけど、この時間、まだ一緒かどうかは分からないけどな」
そう答えつつも、何となくまだ二人は一緒にいる気がした。
きっとしーちゃんはしーちゃんで、ちゃんと考えがあってのことに違いないからだ。
そんなことを思っていると、丁度スマホのバイブが振動する。
『たっくん、今、山本くんと一緒だよね? 一緒に来て欲しいところがあるの』
きっと、孝之の部活の終わりの時間を見越して、今連絡をしてきたのだろう。
そして、そんなLimeのメッセージと共に送られてきた地図情報を見て、思わず俺は笑ってしまう。
俺はなるほどねと思いつつ、隣の孝之に声をかける。
「孝之、どうやら清水さんとしーちゃんはまだ一緒にいるみたいだけど、どうする?」
「どうするって、行くしかないだろ。だって俺達は、二人の彼氏なんだからなっ!」
ニッと笑いながら返事をする孝之に、俺も自然と笑みが零れてしまう。
そうだな、俺達はあの二人の彼氏なんだから、女の子二人だけにしておくなんてこと出来ないよなと思いながら――。
◇
「ここは……」
「懐かしいだろ?」
二人が待つ目的地へ着くと、孝之はポカンとそのお店の看板を見上げる。
そう、俺達がやってきたのは、一年生の時の遠足のあと四人で遊びに来た『カラオケ浪漫』だった。
そんな、俺達四人にとっての思い出の場所であるカラオケを前に、最初はポカンと驚いていた孝之も笑い出す。
「そうか、ここか」
「ああ、ここみたいだ」
「なるほどな――よしっ! じゃ、入るぞ!」
自分の頬っぺたをパシリと一回叩いて気合を入れた孝之は、『カラオケ浪漫』の扉を開けた。
だから俺は、今の孝之ならもう大丈夫だろうと思いつつ、黙って孝之のあとに続いた。
「あ、二人ともいらっしゃい」
Limeで送られてきた部屋番号の扉を開けると、すぐにしーちゃんが出迎えてくれた。
そしてその隣には、少し居心地が悪そうに俯く清水さんの姿もあった。
けれど、ここに孝之が来ることを拒んでいる様子でもないため、俺と孝之は一先ずテーブルを挟んで逆側の椅子へと座る。
「待たせちゃったかな」
「ううん、そんなに待ってないよ! ね、さくちゃん?」
「……うん、まぁ」
やはり清水さんの受け答えはぎこちなくて、孝之の顔を真っすぐ見れない感じだった。
そんな清水さんの様子に少しだけ心配になった俺は、隣の孝之へと目を向ける。
しかし孝之は、それでももうしょぼくれた表情はしておらず、そしてその視線はしっかりと清水さんの方へと向けられていた。
「その、二人には気を使わせちまったな、すまんかった」
そして孝之は、そう言ってまずは俺としーちゃんに向かって頭を下げる。
その様子に、驚いた清水さんは初めて孝之へと視線を向ける。
「いや、全然いいよ。ね、しーちゃん?」
「うん、勿論! 友達だもん!」
「そうか、ありがとう」
俺としーちゃんの言葉に、孝之は嬉しそうに笑う。
そして孝之は、今度は驚いて顔を上げた清水さんと初めてしっかりと向き合う。
「それから、ごめん桜子。俺が悪かった!」
そう言って孝之は、清水さんに向かってしっかりと頭を下げ謝罪をする。
そんな孝之の言葉に、清水さんは困惑しつつもただ見つめることしか出来ない感じだった。
「俺、桜子に甘えてたんだと思う」
「……甘えてたって、何が?」
「何て言うかさ、隣にいつもいてくれてることが、当たり前だと思っちゃってたんだ。だから俺は、桜子の気持ちをちゃんと理解出来てなかったんだな」
ゆっくりと、でもしっかりと自分の気持ちを言葉にする孝之。
そんな二人の会話を、俺もしーちゃんも黙って聞く。
「わたしの気持ちって、何……?」
孝之の言葉に、清水さんは質問を続ける。
しかしその質問は、拒絶というより、その言葉の意味をちゃんと確認したいという感じだった。
「ごめん、俺さ、そういうところ不器用だからさ。桜子が何かを不満に思っていることは分かってるんだけど、それが何のことかよく分かっちゃいないんだ……。だから、もしこんな俺が不満なら、関係を終わらせるべきなのかもしれない」
だが、孝之は決意の籠った言葉で、衝撃の言葉を口にする。
その言葉に、俺としーちゃんは勿論、清水さんまでも驚いてしまう。
その言葉に孝之の決意が感じられる分、清水さんもそれが冗談ではないこと理解したのだろう。
何か言いたそうにしながらも、その言葉を吐き出すことを恐れ、躊躇っている様子だった。
だが、そんな清水さんの様子に気付きながらも、孝之は言葉を続ける。
そしてその言葉こそ、孝之の本当の決意だった――。
「でも、それでも俺は、桜子が好きだ! だから、絶対に別れたくないって思ってる!!」
「――えっ?」
その決意の言葉に、目を見開いて驚く清水さん。
それはきっと、全く予想していなかった言葉だったのだろう。
隣で聞いている俺も、これから別れ話じゃないにしろ、そういう方向の話になってしまうような気がしていただけに、その予想外の言葉に驚いた。
「不満があるなら直すし、思ったことは全部言って欲しい!! だからさ、桜子――」
そう言って立ち上がった孝之は、清水さんの隣へと移動する。
そして、驚く清水さんに向かってバッと手を差し出す。
「俺と仲直りして欲しい!!」
その言葉は、あまりにも真っすぐすぎる言葉だった。
でも、だからこそ孝之らしい言葉で、何て言うか力業すぎるやり方がちょっと可笑しくて、手を差し出された清水さんから笑みが零れ出す。
「……もう、なにそれ」
「すまん!! でも、俺にはこうすることしか出来ないからさ!!」
「……分かったよ」
まるでプロポーズをするように、一生懸命差し出された孝之の手を、清水さんはそっと握った。
「……わたしの方こそ、ごめんなさい。孝くんの気持ちを分かっていないのは、わたしも同じだった」
「いや、俺はその、ただずっと桜子が好きなだけで……」
「うん、分かってる。でも、私は少し寂しかったんだ」
自嘲気味に、困り顔で笑う清水さん。
そんな清水さんに、孝之はそれが何故なのか分からないといった感じで驚く。
「さ、寂しかった?」
「うん。紫音ちゃんと一条くんは色々進んでるのに、わたし達は変わらないなって思って。だからもしかして、孝くんの相手は別にわたしじゃなくても良いのかなって不安になっちゃって……」
だから、ごめんなさいと謝る清水さんの言葉に、ようやく孝之も清水さんが何を思っていたのか理解する。
「そうか、そんなこと気にしてたんだな……。ごめん、俺は大事に思うばかり、確かにそういう部分を避けていたように思う」
「……うん、それは分かってるよ」
「そうか……でも、桜子が良いなら、俺も、その、なんつーかさ……もっと、桜子のことを知りたいって思ってる」
そんな孝之の言葉に、清水さんは優しく微笑みかける。
「……じゃあ、これから一緒に、お互いのことをもっと知っていこう」
そして、その言葉と共に孝之へ抱きつく清水さんのことを、孝之は優しく受け止める。
「一件落着かな」
「そうだね」
そんな二人のことを、満足そうに見つめるしーちゃんの言葉に俺も頷いた。
理由が分かってしまえば、大したことない些細なすれ違いだったのかもしれない。
けれど、付き合うということは、きっとそういう部分も含めてしっかりと向き合わなければならないのだと思う。
そんなことを、俺もまた二人を通して学ぶことが出来たのであった――。
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