213話「再認識」
どれぐらい時間が経っただろうか。
外に目を向けると、既に日は沈みかけ窓からは夕日が差し込んでいた。
あれから早乙女さんには、主にアイドル活動の裏話なんかを色々聞かせて貰えたおかげで、全く暇をせずに過ごすことが出来た。
アイドル側の目線で話を聞けるのは面白くて、アイドルにも色々あるんだなと思いつつ、時折俺もしーちゃんの話を交えると早乙女さんは喜んで話を聞いてくれた。
それ程までに、やっぱり早乙女さんはしーちゃんのファンなのだろう。
こんな風に嬉しそうに俺の話を聞いてくれることが、自分のことのように嬉しかった。
そして、こうして早乙女さんが付き合ってくれたおかげで、この待ち時間暇をせずに済んだのは素直に有難かった。
まぁそんなわけで、会話に夢中になっているとあっという間に時間は過ぎてしまっていたみたいで、そろそろ孝之の部活も終わる頃合いかなと思っていると、丁度スマホのバイブが振動する。
『悪い卓也! 今部活終わった!』
孝之からのLimeの通知だった。
だから俺は、図書室で待っていることを返信すると、孝之はダッシュでこっちに来てくれるとすぐに返信してくれた。
「あ、もう来られる感じですか?」
「ああ、うん。今連絡あった」
「そうですか、じゃあせっかくなので、お友達にもご挨拶させてください」
「まぁ、別に良いと思うよ」
こうして、もう少し早乙女さんも残っていくということで、孝之がやってくるのを一緒に待つこととなった。
◇
「悪い卓也! 待たせた! って、リンリン!?」
急いできてくれたのであろう孝之は、少し息を切らしながら図書室へとやってきた。
部活終わりだからだろうか、汗で濡れた髪は今日も男前さに拍車をかけていて、今日も今日とてナイスガイだった。
俺が女なら惚れてるね!
しかし、そんなナイスガイの孝之も、ここに早乙女さんがいることには驚いていた。
もうしーちゃん繋がりで色んな有名人と話したことのある孝之だけど、やはり早乙女さんも同じく有名人なのだ。
「どうも、お話するのは初めてですよね、早乙女凛子と申します」
「あ、ああ、どうも、山本です」
「はい! 宜しくお願いします! 山本先輩!」
お互い自己紹介を済ませると、早乙女さんは嬉しそうに満面の笑みで微笑む。
けれど、その笑みはさっきまでの笑みとは少し異なり、どこか不自然というか作り笑顔なような気がした。
まぁ、こうして初対面の人と初めて会話をするのだから、そうなる方がむしろ自然とも言えるのだけれど……。
しかし、その違和感は次の早乙女さんの言葉で、すぐに確信へと変わる――。
「山本先輩、かっこいいですね! 彼女さんとか、いらっしゃるんですか?」
ニッコリとアイドルスマイルを浮かべながら、いきなりそんな質問をしだす早乙女さん。
そんな思いがけない質問に、孝之は勿論俺まで戸惑いを隠せない。
まさか早乙女さんは、孝之相手に一目惚れでもしたというのだろうか――!?
「え、えっと、彼女はいます……」
「あ……そうなんですね……。でも、何でそんな言い方なのでしょう?」
勿論孝之は、しっかりと彼女がいると早乙女さんへ返事をする。
そしてそんな返事を聞いた早乙女さんはというと、残念そうな表情を浮かべながらも鋭い質問を返す。
孝之の言葉は、たしかに自信がなさそうというか、孝之にしては珍しく歯切れの悪いものだったのだ。
だから孝之としては、聞かれたくない質問だったのだろう。
その表情には、分かりやすく戸惑いの色が顔に出ていた。
「山本先輩?」
「ああ、悪い。とにかく俺には、ちゃんと彼女はいるんだ」
「そうですか、分かりました」
伏し目がちにも、それでもそこはしっかりと返事をする孝之。
そんな孝之の言葉に、今度は早乙女さんも頷いて引き下がってくれた。
しかし、その表情には残念さというよりは、何故だか悪戯な笑みみたいなものが薄っすらと浮かんでいるように感じられた。
「でも、山本先輩ってかっこいいじゃないですかぁ?」
そして早乙女さんは、再び孝之に話しかける。
しかしその言葉は、いきなり距離を縮めるもので、おまけにその話し方も先程までの話し方とは違い、何て言うか少し軽率な感じの話し方だった。
「そこで提案です! 山本先輩は容姿も問題ないですし、それに何だか、今の彼女さんといても幸せそうでもないじゃないですかぁ? ――だから、良かったらわたしとお付き合いしませんか?」
一体何が目的なのかと思っていたが、それはまさかの早乙女さんからの告白だった。
会ってまだ数分しか経っていないというのに、そんなまさかの急展開に孝之は動揺を隠せない。
それでも早乙女さんは、アイドルの自分が断られるはずがないとでも思っているのだろうか、自分が一般女性に劣るはずがないとでも言うように、自信に溢れた表情で孝之からの返事を待っていた。
でも、孝之はそんな誘いに乗るような男ではないと俺は信じている。
……信じているのだが、今の不安定な孝之を見ていると、それは正直分からなかった。
まるでそんな隙に付け込むような、早乙女さんという現役アイドルからのまさかの告白。
そんな好条件を前に、孝之は何て答えるのか不安になりつつも、そんな二人の話にここで俺が付け込むわけにもいかなかった……。
「……せっかくだけど、それは無理だ」
だが、孝之はすぐに返事をする。
そしてその言葉には、申し訳なさはありつつも、先程までの迷いの色はなかった。
「……理由を聞いても、いいでしょうか?」
「ああ。早乙女さんはその、確かに可愛い、めちゃくちゃ可愛い。……でもさ、俺が好きなのは、今の彼女だけなんだ」
そう言って、やはりきっぱりと気持ちを告げる孝之の表情は、最初より随分と晴れやかに変わっていた。
きっと孝之は、こうして自分と改めて向き合うことで、自分の気持ちを再確認出来たのだろう。
自分にとって、大切な相手は誰なのか――。
そのことに改めて気付けた孝之は、もう完全にいつもの孝之に戻っていた。
「なんつーか、悪い! 気を使わせちまったな!」
「いえ、いいんです」
「そうか、ありがとな」
ニッと微笑んで、孝之は早乙女さんの肩にポンと叩く。
そして肩を叩かれた早乙女さんも、そんな孝之に向かって優しく微笑みかける。
その表情から、きっと早乙女さんは最初からこうなることが分かっていたのだろう。
つまり先程の軽率な告白は、こうして孝之に自分の気持ちを気付かせるための演技。
「まぁ、一条先輩の感じと、山本先輩の顔を見ればすぐに分かりましたよ。彼女さん、大切にしてくださいね」
「へへ、後輩に気を使わせちゃって申し訳ないな。でもありがとう。今ので俺は、はっきりしたよ」
「良かったです。でも先輩? こんな美少女、本当に振っちゃって良かったんですか?」
髪をかき上げ、おちょくるように微笑む早乙女さん。
そんな早乙女さんに、孝之も微笑む。
「おう、それは本当にその通りなんだが……生憎、俺の彼女もな、早乙女さんに負けないぐらいめちゃくちゃ可愛いんだわ!」
ニッと微笑んで、思いっきり惚気る孝之。
こんな風に惚気る孝之なら、もう大丈夫だろう。
こうして、察しの良い早乙女さんのフォローのおかげもあり、孝之は完全にいつもの孝之へと戻ることが出来たのであった。
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