212話「憧れ」

「それで、図書室までついてきてまでする話って?」

「一条先輩、女の子に対してそんな言い方は良くないですよぉ?」


 図書室の奥、以前みんなでテスト勉強をしたテーブル席に腰掛けると、向かいの席に座った早乙女さんは、俺の顔を見ながら楽しそうに微笑む。

 その姿は、流石は現役アイドルといった感じで、確かに美少女という言葉がしっくりくる。

 まぁそれでも早乙女さんは、こうしてきっと俺のことをおちょくっているのだろう。

 わざとらしくぶりっ子なように甘えて話す早乙女さんは、気を使っていない分むしろ自然体な感じだった。


 しかし、受付には今日の当番の生徒がおり、急な早乙女さんの登場にこちらの様子を窺っているのが丸分かりだから、あまり変な素振りはしないで欲しいのだけれど……。



「それはそうと、週末は本当にありがとうございました」

「ああ、うん。こちらこそ」

「ふふ、わたし達のステージ、どうでしたでしょうか?」

「とっても良かったよ。しーちゃんも喜んでた」


 あの日のステージは本当に良かったため、素直に感想を伝えると、嬉しそうに微笑む早乙女さん。

 しーちゃんも喜んでたという部分が特に嬉しかったようで、名前を出した途端その目を見開いて微笑む早乙女さんは、とても分かりやすかった。



「さ、三枝先輩もそうおっしゃってたんですね!?」

「うん、確かにそうおっしゃってましたよ」

「凄い、凄い凄い! わはっ!」


 嬉しさを全面に表しながら、ガッツポーズまでして喜ぶ早乙女さん。

 やはり早乙女さんにとって、しーちゃん――いや、アイドルしおりんの存在はそういうものなのだろう。


 現役アイドルで、あれ程までにファンからの人気を集めているハピマジのリンリン。

 しかし、そんな彼女からしてもエンジェルガールズというのは憧れの存在ということだろう。


 すっかり慣れてしまっていたが、エンジェルガールズとはそういう存在なのだ。

 そんな早乙女さんのおかげで、俺も改めてしーちゃんという存在の大きさを実感することが出来た。

 自分の彼女は、日本中の多くの人達が憧れるような特別な存在なのだということを。



「早乙女さんは、やっぱりしーちゃんのことが好きなんだね」

「はい! 勿論!!」

「じゃあ、今も早乙女さんは、しーちゃんにまたアイドルに戻って欲しいとか思ってたりする?」


 思えば、こんな早乙女さんと二人でちゃんと会話するのは今回が初めてだった。

 だから俺は、丁度良いと思い少しだけ踏み込んだ質問をしてみる。


 以前、しーちゃんから直接理由は語られているわけだけれど、あの時はまだ納得はしていなかったように思えたから。

 だからこそ、今の早乙女さんはどう感じているのか興味本位と言われればそれまでだが、そんなことがちょっとだけ気になったのだ。



「――そうですね。やっぱりまだわたしは、三枝先輩にはアイドルでいて欲しいと思っています。でも……いつも一条先輩と一緒にいて、幸せそうに微笑んでいる三枝先輩を見ていたら、そんなことはもう言えないですね」


 諦めたように、けれどニッコリと微笑みながら早乙女さんは今の思いを答えてくれた。



「そんなに、幸せそうかな?」

「あはは、それ、わたしに聞きます? 正直、わたしまでその……ちゃんと恋したくなっちゃうぐらい、お二人はアイドル活動するうえで目の毒ですよ」


 そう言って笑う早乙女さんの言葉に、俺も思わず笑ってしまう。

 目の毒と言われて、否定できない自分がいたことが可笑しかったのだ。



「でも、やっぱり三枝先輩は凄い人でした」

「凄い?」

「はい、まだわたしと一つしか歳が違わないのに、アイドルとして頂点に立っていたのは勿論凄いことなのですが、人としてもあれ程までに自分の考えをしっかりと持てているのが、実際にお話させて頂いて流石だなと思いました」

「ああ、うん。それはそうだね」


 早乙女さんの言葉に、俺は納得した。

 たしかにしーちゃんは、時折本当に同い年かな? と思える時があるのだ。

 でもそれはきっと、これまで普通に生活していては経験出来ないような舞台で戦ってきたからこそ、出来ることなのだと思う。

 そんな、早乙女さんとの会話の中で俺は、しーちゃんの魅力について改めて気づかされるのであった。



「でもそれは、一条先輩だって同じですよ?」

「え? お、俺も?」


 急に投げかけられた予想外の言葉に、変な返事をしてしまう。



「はい、そんなわたしの尊敬する三枝先輩の彼氏を務めているんです。そんなの、普通の人じゃまず務まりませんよ」

「それはまぁ……そうかもね」

「そうです! それにですね、こうして一緒に話をしていると、どうして三枝先輩が一条先輩を選んだのか、何となく分かっちゃう自分がちょっと悔しいです」

「わ、分かる?」

「はい、理由は秘密ですけどね!」


 そう言って、悪戯に微笑む早乙女さんの表情は、本当に自然体で思わず見惚れてしまいそうになる。

 そして、理由は教えてくれなかったが、まさか俺のことまで認めてくれているとは思わなかったため、そのことは素直に嬉しかった。


 しーちゃんの彼氏として、他の誰かに認められることがこんなにも嬉しいとは思わなかった程に。



「じゃあ、これからも彼氏として恥じないように頑張るよ」

「それが良いと思います! あ、それで一条先輩は、どうして今日はここでお友達を待たれているんですか?」

「ああ、まぁ何ていうか、色々あるんだよ」

「色々ですか」

「そう、色々」

「ふーん」


 流石に、友達の恋路の話を早乙女さんに話すのは違うと思ったから、俺は言葉をはぐらかす。

 しかし、そんな俺のことをまた興味深そうに見つめてくる早乙女さん。



「わたし、今日はレッスンもない日なので、だったらお友達が来るまで一緒に待たせて頂いてもいいですか?」


 そして、俺はまだ何も言っていないのに、まるで何かを悟ったように早乙女さんはそんなお願いをしてくるのであった。


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