211話「別々」
今日は清水さんもいないことだし、早めに教室へと戻ることになった。
二人の事情は孝之から教えて貰えたため、これからどうなるのかは分からないが、早く仲直り出来たら良いのになと思いながら廊下を歩く。
そして教室へ戻ると、先に教室へと戻っていた清水さんは自席で一人読書をしていた。
その姿に、孝之は何とも言えない表情を浮かべつつも、まだ何て声をかけたら良いのか分からないのだろう。
そんな清水さんへ声をかけることなく、俺の肩をポンポンと叩いて、力なく自分の教室へと戻って行ってしまった。
きっと今のは、俺に清水さんのことを頼むという思いが含まれているのだろう。
そんな元気のない孝之の姿に、やっぱりこの状況はすぐに解消しないとだよなと思った。
「たっくん、行くよ!」
しかし、しーちゃんは孝之と一緒に教室へは戻るつもりはないようで、そう言って俺の手を取るとそのままうちの教室へと入って行く。
こうして、違うクラスだけど、このクラスの俺の手を引きながら教室へと入って行くしーちゃん。
その姿に、またしても周囲からの注目を集めてしまう。
そしてそんな異変は、読書をしている清水さんにも伝わったようだ。
教室の異変に気が付き顔を上げた清水さんと、バッチリ目が合ってしまう。
「し、紫音ちゃん?」
「さくちゃん、酷いよっ!」
驚く清水さんに、そのままズカズカと歩み寄ったしーちゃんが詰め寄る。
そのまま清水さんの机に両手をつくしーちゃんの勢いに、清水さんは何事かと驚いていた。
「ひ、酷いって……?」
「どうして今日は、何も言わず一緒にお昼食べてくれなかったの?」
珍しくプンプンと怒ってみせるしーちゃんの姿に、清水さんは目をぱちくりとさせながら戸惑う。
きっと清水さんは、孝之とのことで何か言われるとでも思っていたのだろう。
しかし、しーちゃんから言われたのはそのことではなく、一緒にお昼を食べてくれなかったことであった。
それは清水さんも予想していなかったようで、そしてそう言われてはぐうの音も出ないのだろう。
しーちゃんの言葉に、申し訳無さそうに俯く清水さん。
「……ご、ごめん」
「うん、いいよ!」
だから清水さんは、困り顔を浮かべながら平謝りをする。
するとしーちゃんは、そんな謝る清水さんを即答で許すと、それから嬉しそうに清水さんに抱きついた。
「ねぇさくちゃん!」
「な、何!?」
「今日は一緒に帰ろっ?」
「え? う、うん、それは構わないけど……」
そして呼びかけたしーちゃんは、何を言うのかと思えば清水さんに一緒に帰ろうとお願いする。
そんな一方的なしーちゃんの勢いに驚きつつも、清水さんも嬉しかったのだろう。
それまでずっと晴れない様子だった清水さんだが、少しだけ嬉しそうに微笑みながら、一緒に帰ることを承諾したのであった。
「よし! じゃあ、そういうことでたっくん! 今日は別々で帰ってもいいかな?」
「うん、分かったよ」
「ありがとう! この埋め合わせは、絶対にさせて頂きます!!」
俺に向かって、ビシッと敬礼するしーちゃん。
だから俺も、そんなしーちゃんに笑ってしまいながらも敬礼を返す。
友達だから、清水さんのことが気になるのは当然なこと。
だから俺には、そんなしーちゃんのお願いを断れるはずがなかった。
こうして、今日は久々に別々で下校することとなった。
そして、だったら俺も今日はバイトが休みなため、久々に孝之と一緒に帰ることにした。
――恐らく今日も部活だろうから、それまで図書室で時間でも潰そうかな。
そんなことを考えながら、残りの昼休み。
俺は目の前で笑い合う美少女二人の姿を見て、目の保養を楽しんだのであった。
◇
そして放課後。
約束通り、しーちゃんはうちの教室へとやってくると、そのまま清水さんと一緒に帰って行った。
去り際の二人の顔は楽しそうで、女の子の悩みは女の子同士で打ち明けられることもあるだろうから、清水さんのことはしーちゃんにお任せすることにした。
そしてそれは、逆も然り。
男の子のことは、男の子にしか分からない悩みもあるため、俺は孝之の部活が終わるまで図書室で時間を潰すことにした。
ちなみに孝之には、今日一緒に帰ることはLimeで事前に了解を貰っているため、部活が終わったらLimeを返して貰う約束になっている。
こうして俺は、一人図書室へ向かって歩いていると、突然背後から声をかけられる。
「あれ、一条先輩?」
その声に振り返ると、そこには早乙女さんの姿があった。
早乙女さんと言えば、先週末ライブへ遊びにいった今を時めく現役アイドルだ。
「週末はありがとうございました。って、あれ? 今日は一人ですか?」
「ああ、うん。今日はしーちゃん、友達と帰ったから」
「へぇ、それで先輩は、ここで何をしてるんです?」
「俺も今日は友達と帰るから、部活が終わるまで図書室で時間を潰そうと思って」
「なるほどなるほど」
別に嘘をつく必要もないだろうと思い、俺は素直にここにいる理由を説明する。
すると早乙女さんは、何故か納得したようにふむふむと頷くと、それから悪戯に微笑む。
「じゃあ一条先輩は、今暇ってことですね!」
「いや、暇っていうわけじゃ……」
「いいじゃないですか! 可愛い後輩のため、少々お時間下さいよ!」
そう言って、早乙女さんは嬉しそうに俺の腕を引っ張る。
「ちょ、どこ行くの!?」
「どこって、図書室ですよ! あ、大丈夫です! 三枝先輩から一条先輩を取ろうなんて気はもうないですから、安心して下さいねっ!」
……いや、その辺は元々心配してないというか、もうないってやっぱり前はあったってこと?
見ると、早乙女さんも既に自分のバッグを手にしていた。
こうして俺は、何故か偶然出会った早乙女さんと一緒に、図書室へと向かうことになってしまったのであった。
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