210話「三人で」

 午前中の授業が終わり、昼休みとなった。

 通常ならば、これからいつも通り四人で食堂へと向かうところなのだが、やはり今日はそうもいかなかった。



「えっと、ごめんね一条くん。わたし今日は別でお昼食べるね」

「……あ、うん」


 すぐに席をたった清水さんは、そう言って教室から出て行ってしまったのだ。

 当然というか何というか、その手に持たれたお弁当は一つだけだった。


 そこへ、しーちゃんが遅れて教室へとやってくると、清水さんがいないことに気が付いて周りをキョロキョロと探す仕草をしていた。

 その結果、しーちゃんがうちの教室でそんな行動を取っているだけで周囲からの注目を集めてしまっており、何て言うか流石の一言だった。

 あちこち見回すしーちゃんの視線が、一瞬でも自分に向けられるだけで明らかに反応してしまっている男子達の姿に、俺は苦笑してしまう。


 ――ただ清水さんを探しているだけなのに、完全に注目されちゃってるね。


 そんな、やっぱりスーパーアイドルな彼女が、これ以上無自覚に周囲へファンサを振りまくのもあれなので、俺はそんなしーちゃんのもとへと歩み寄る。



「清水さんなら出て行ったよ」

「えっ!? そうなの!?」

「うん、引き留めるのもあれかなぁと思ったし、それに」


 そう言って俺は、教室の扉の所から気まずそうにひょっこり顔だけ出している孝之へ目を向ける。

 そんな孝之の姿を見て、しーちゃんも納得したように「なるほど」と頷く。


 こうして、ばつが悪そうに笑って誤魔化す孝之と共に、今日は三人で一緒にいつもの場所で昼ご飯を食べることとなった。



 ◇



「悪い、先に座っててくれ」


 食堂へ着くと、本日の手作り弁当はお預け状態の孝之はそう言って券売機の前へ並ぶ。

 しかし、昨日はしーちゃんがうちにお泊りしていたため、俺達も今日は弁当ではなく食堂を利用するつもりだったのだ。



「え、なんだ? 今日はお前達もか?」

「ああ、今日はちょっとね」

「そうか、てっきり三枝さんが鞄持ってるから、弁当だと思ったよ」


 俺達も食堂だと分かって、少し安心したように笑う孝之。

 確かに孝之の言う通り、隣に立つしーちゃんは自分のバッグを手にしている。

 しかし、その中には弁当が入っているわけではなく、それなのに何故わざわざ鞄を持ってきたのかと言えば、それは今しーちゃんの鞄の中には昨晩着ていたパジャマや下着類が入っているからだろう。

 昨日着ていた服は家に置いてあるのだが、パジャマ類は流石に持って帰りたかったようで、しーちゃんは今日鞄に詰めて持ってきているのだ。


 薄手のものだからかさばってはいないものの、確かにそんなものを鞄に入れておいて教室に置きっぱなしにするのは、女の子として当然気になるのだろう。

 だから俺は、その部分については何も触れないでおいた。


 すると、孝之も得には気にしていない様子で「そうか」と言うと、どれを食べようか券売機と睨めっこしていた。

 そしてしーちゃんはと言うと、やはりちょっと恥ずかしいのだろう。

 頬をほんのり赤く染めながら、二人だけの秘密だねというように悪戯に微笑んでいた。


 ――うん、今日も大変可愛くてよろしい。


 こうして、三人食堂で日替わり定食を注文すると、いつもの席へと座った。

 それからいつも通り他愛の無い会話を楽しみつつ食事を食べ終えたところで、話は本題へ入る。



「――まぁ、なんだ、その。もう二人も気付いているっていうか、今ここに桜子がいない時点でお察しだと思うんだが……」


 孝之は少し気まずそうにしながらも、孝之と清水さんの間で何があったのか話し出す。



「……一昨日さ。喧嘩しちゃったんだよ」

「喧嘩?」

「ああ、どうやら怒らせちゃったみたいでな……。正直俺は、未だに何で桜子が怒ってるのかよく分からないんだがな」


 そう言って、力なく笑う孝之の表情は、これまで長い付き合いの中でも滅多に見せることのない弱々しい表情だった。

 だから俺は、そんな孝之のことが本気で心配になってしまう。



「そっか。ちなみに、さくちゃんが怒っちゃった時のこと、覚えてる?」


 俺が何て声をかけるべきか悩んでいると、しーちゃんが先にそんな孝之に声をかけた。

 女の子にしか分からない女の子の悩みもあるだろうから、今この場においてしーちゃんの存在はとっても貴重と言えた。



「ああ、えっと。土曜日はさ、桜子とデートしようってなって、一緒に映画を観に行ったんだよ。ただ、なんて言うか昨日に限らず最近の桜子はちょっと様子がおかしい感じもしててさ」

「うん、それで?」

「映画は、恋愛モノを観たんだ。結構甘い内容の映画でさ、観終わったあとは俺も影響されちゃって、実は桜子にドキドキしてたんだけどさ、その後で――」


 その時の光景を思い出しているのだろう。

 顎に手を当てながら、考え込む孝之。



「――そう、あの時、桜子は恥ずかしそうにこう言ったんだ。『孝くんは、あんな風なことしたい?』って。その映画では、結構際どいシーンもあったから、多分桜子はそのこと言ってるんだろうなってのは分かったんだけどさ。でもあの時の俺は、変に口を滑らすのもなぁと思ったから、思わず答えをはぐらかしちゃったんだよな」

「それで、さくちゃん不機嫌になっちゃったの?」

「ああ、そう、だな……。それからだんまりになっちゃって、映画館出たらすぐに帰るって言い出して、そのまま今に至るってわけだ……。これが喧嘩なのかもどうか分からないけどさ、桜子を怒らせちまったのは間違いないだろうからな……」


 何が駄目だったんだろうなと落ち込む孝之。

 そんな孝之の話を聞いて、俺は素直に誰かと付き合うってやっぱり簡単なことじゃないよなと思った。


 俺自身、しーちゃんに対して完璧な彼氏でいれている保証もないし、もしかしたら明日は我が身かもしれない。

 そう思うと、そんな孝之に向かって偉そうにアドバイスを送ることなんて出来るはずもなかった。


 そして、そんな落ち込む孝之の話を聞いて、納得したように頷きながらしーちゃんが口を開く。



「なるほどね。不安になっちゃったのかもね……」


 そう言って、清水さんの気持ちを理解したように、少し困り顔で微笑んでいるのであった。


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