209話「友達だから」
授業中、俺はそっと隣の席の清水さんの方へ目を向ける。
その様子は一見いつも通りなのだが、やっぱりどこか不機嫌というか、釈然としないような雰囲気を感じ取る。
そんな清水さんの様子から、やっぱり二人の間で何かあったことを悟った俺は、一体こういう場合どうしたものかと一人悩んでしまう。
二人のためなら、出来ることがあれば何でもしたいと思っている。
けれど、二人で解決しなければならない問題とかもあるだろうし、いくら友達とはいえあまり二人のことに対して首を突っ込むのが良い行いだとも思わない。
だから、二人のうちどちらかが相談してきた時、そこで初めて力になってあげるのが多分正解なのだろう。
しかし、仮にそれが無く、そしてこのまま二人の仲に亀裂が入ってしまうようなことになってしまえば、その兆しに気付いておきながら見過ごした自分がきっと許せなくなるに違いない。
――うーん、どうしたものか
結局こうして、答えの無い悩みごとを抱えていたらそのまま一限の授業が終わってしまったのであった。
そして、休み時間がやってきた。
いつもであれば、俺は清水さんと他愛の無い会話をしながら、次の授業まで自然な感じで過ごすことが多いのだが、やはり今日の清水さんはどこかムスっとしていて会話をしようという気配を感じない。
――声をかけても、いいよな?
だから俺は、ひとまず詮索するようなことは止めて、普通に清水さんと話をしようと試みる。
何て言うか、やっぱり首を突っ込むのは違うと思うのだけど、だからと言ってこれまで普通に会話していたのに急にこっちが余所余所しくなるのも違うと思ったからだ。
だが、そう俺が意を決したところで突然乱入者が現れる。
「たっくーん!!」
「し、しーちゃん!?」
「遊びに来たよー!」
それは言うまでもなく、この数分間という短い時間にも限らず遊びにきたしーちゃんだった。
うちの教室へやってきたしーちゃんは、そう言って俺達の席までやってくると、何とそのまま椅子に座る俺の膝の上にちょこんと座ってきたのであった。
俺の膝の上にしーちゃんが座る。
つまりそうなると、俺の足元には必然的にしーちゃんのお尻の柔らかい感触と温もりが伝わって来る。
その光景に、教室内――特に後ろの席の上田くんなんかは、とても驚いていた。
元でも国民的アイドルが、俺の膝の上に座っているのだ。
今の状況を客観的に見て――うん、きっと羨ましく思えるに違いないな……。
そんな、これまで学校では一切なかったと思うしーちゃんとの物理的な触れあいに、俺はただドキドキしながら慌てることしか出来なかった。
「……二人とも、相変わらずね」
「えへへ、そう思うなら、さくちゃんだってもっと山本くんに甘えたらいいのに」
そんな俺達に呆れた様子の清水さんに、しーちゃんは微笑みながらそんな言葉を投げかける。
どうやらしーちゃんは、まだ二人の間に何かあることには気付いていないようで、そんな無邪気に投げかけられた言葉に清水さんは一瞬固まる。
「さくちゃん? どうかした?」
「ううん、何でもない。……ただ、やっぱり紫音ちゃんは可愛いなって思っただけ。わたしはそんな風に出来ないから……」
何か思うところがあったのだろう、そう言って清水さんは塞ぎ込んでしまう。
きっと今、自分に無いものをしーちゃんに見ているのだろう……。
「何言ってるの? さくちゃんは可愛いよ?」
「そんなことないよ……」
「そんなことあるっ! もう、仕方ないな!」
否定する清水さんの考えを遮るように、しーちゃんはそんな言葉を投げかける。
そして、俺の膝の上からぴょんと立ち上がったしーちゃんは、そんな清水さんの両手をぎゅっと握る。
「いい? さくちゃんは可愛い! それにすっごく良い子なの!」
「紫音ちゃん……」
「だから、さくちゃんに何があったかは知らないけどね、わたし達は友達なんだから何かあったら何でも相談してね!」
そう言って、その握ったその手をブンブンと振り出すしーちゃん。
そうしてちょっと乱暴に両腕を振られた清水さんはというと、最初は驚いていたけれど、次第にそれが可笑しくなってきたのか一緒に笑っていた。
こうして、それまで塞ぎ込んでいた清水さんを今日初めて明るく笑わせてみせたしーちゃんは、一緒に楽しそうに微笑んでいた。
そんな二人の仲睦まじい光景に、俺は流石だなと感心した。
何も、悩み事に対して直接踏み込む必要なんか無くて、こうしてただ友達として寄り添ってあげられるしーちゃんの振舞い。
それが正解かどうかという話ではなく、そうして等身大で友達として自然に寄り添ってあげられるしーちゃんのことが、素直に良いなと思ったのだ。
だから俺も、二人のためにも変わらずにいてあげたいなと思う。
二人の間に何があったのかは知らないが、きっと二人なら大丈夫。
そう信じながら、そのまま休み時間いっぱいまでじゃれ合う美少女二人の姿を見ていると、俺まで自然と笑みが零れてしまうのであった。
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