207話「大切だからこそ」

「……ねぇたっくん、暑くない?」

「……大丈夫、だよ」


 部屋の電気を消し、何度目かの一緒の布団へと入る。

 春も終わり、もう少ししたらGWがやってこようかという今の季節。


 こうして二人並んで布団を被ってみると、確かに少し暑さを感じなくもない。

 それでも俺は、こうしてしーちゃんから温もりが感じられることが嬉しかった。



「……じゃ、じゃあね? もうちょっとくっついても、いいかな?」


 そう言ってしーちゃんは、横になる俺の腕を握ってくる。

 その触れられる感触がだけで、俺のドキドキを更に加速させる。



「……う、うん。いいよ」


 そして俺がそう返事をすると、スルスルとその身をピタリとくっつけてくるしーちゃん。

 そうなると、俺の腕には必然的に柔らかい部分が触れ、そしてその感触の奥からドキドキとした鼓動まで伝わってくる――。





「……たっくんは、さ。その……わ、わたしに……もっと触れてみたいとか、思いますか……?」

「……えっ?」




 そして横になる俺の耳元で、しーちゃんはそんな言葉をそっと囁いてくる。

 俺はその言葉、そして今の状況に、胸の鼓動がどんどん加速してしまう。


 ――触れたいって、そりゃ触れたいに決まっている


 けれど、俺達はまだ高校生だ。

 そして俺は、しーちゃんを大切に思うからこそまだそういうのは早いと思い、これまで数えきれない我慢をしてきたのである。


 だが、しーちゃんからそんな言葉を向けられるとは思っていなかった俺は、もう困惑するしか無かった。

 いつも無邪気に微笑んでいるしーちゃんだけど、今は完全に一人の女の子ということを意識させられてしまう――。



「……どう?」

「どうって、そりゃ……もっと触れたいよ……。でも……俺達はまだ高校生だし……」


 何とか俺がそう答えると、しーちゃんは少し残念そうに「そうだよね……」と呟き、そして寄せていたその身を少し遠ざける。


 けど、俺だって馬鹿じゃない。

 何故しーちゃんがそうなっているのかぐらい、俺だってちゃんと分かっている。


 そして分かっているからこそ、さっきのでは説明になっていないということもちゃんと理解している――。


 だからこそ、今度は俺からしーちゃんの方へ身体を向けると、そのまましーちゃんの身体を強く抱きしめた。



「た、たっくん!?」

「ごめん、本当はずっと触れていたいし、こうしてずっと抱きしめていたいよ」

「……うん」

「でも、俺はしーちゃんの事を大切に思っているからこそ、やっぱりしっかりしたいと思ってるんだ」

「……うん、伝わってるよ」

「良かった……。それにね、しーちゃん?」


 そう言って俺は、今度はしーちゃんの両肩に手を置きしっかりと向き合う。

 そして俺は、少し驚くしーちゃんの顔にふっと笑って見せる。



「――楽しみは、大人になるまでちゃんと取っておこうと思ってさ」

「――ぷっ、なにそれ」


 俺の言葉に、しーちゃんは吹き出すように笑い出す。

 たしかに我ながら、楽しみとかなんて俗的な言い方なんだと思う。


 けれど、それこそが本心だから。


 しっかりと節度を持って、しーちゃんとちゃんと向き合う。

 そしていつかそれが許される時が来た時、俺達はきっと自然とそういう関係にもなっていくのだろう。


 だから俺は、しーちゃんと過ごす過程の一つ一つを大切にしたいと考えているのだ。

 そしてそう考えると、逆に今しか感じられないであろうこの関係が、愛おしくすら感じられてくるのであった。



「もう、分かったよ」

「なら良かった」

「――わたしね、もしかしてたっくんはわたしに興味無いのかな? って少し不安になっちゃっただけだから」

「そういう意味では、ずっと興味しか無いです」

「ふふ、なら安心しました」


 抱き合いながら、笑い合う二人。

 そしてもう一度顔を向き合わせると、それから俺達は優しく一度キスを交わした。



「今はこれぐらいしか出来ないけどさ、これからもずっと俺の隣に居て欲しい」

「うん――たっくんが嫌になっても、離れてなんてあげないからね」


 だから、もう少しだけ今のまま――。

 これからも二人で一緒に大人の階段を登っていこうと約束を交わし、俺達は気が付くと眠りについていたのであった――。



 ◇



「おはようたっくん!」

「ん? おはよう」


 身体を揺さぶられ、眠っていた俺は目を開く。

 するとそこには、パジャマ姿で満面の笑みを浮かべる天使の姿があった。


 しかし、その天使のパジャマは少しよれてしまっており、そしてその頭は寝ぐせで凄いことになっていた。

 きっと自分も起きてすぐに、俺のことを起こしてくれたのだろう。


 そんな抜けている天使の姿に、目覚めたばかりの俺は笑ってしまう。



「しーちゃん、寝ぐせ凄いよ?」

「ふぇ!? 本当!?」


 慌てて自分の髪に手を置くと、分かりやすくガーン! という表情を浮かべるしーちゃん。

 そんな朝からコミカルなリアクションをするしーちゃんの姿に、やっぱり俺は笑ってしまうのであった。



「じゃ、一緒に寝ぐせ直しに行こうか」

「うん! 行くっ!」


 そう言って俺が上半身を起こすと、しーちゃんは嬉しそうにそんな俺に抱きついて来た。



「しーちゃん? これじゃ行けないんだけど?」

「あと五分! いや、あと十分!!」

「――増えてるし、それは二度寝する人のセリフだよね」


 そんなしーちゃんに笑いながら、目覚まし時計に目を向ける。

 するとまだ、セットしてあるアラームの時間より三十分程早かった。


 ――なら、アラームが鳴るまでこの状況楽しまないと損だよな


 そう思った俺は、そんな今日も朝から無邪気で可愛い天使様のことを、思いっきり抱きしめ返してやったのであった。



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