204話「おめかし」

 次の日。


 バイトに出勤した俺は、今日もコンビニのレジ打ちを無難にこなしていた。

 淡々と作業をしながらも、昨日のしーちゃんの事がすぐに頭をよぎってしまい、俺は大好きな彼女の事を暇さえあれば考えてしまっているのであった。


 ピロリロリーン


 そして、また新たなお客様がやってきた。

 俺は扉の方へ顔を向け、いらっしゃいませと声をかける。



「やっほーたっくん! 来ちゃった!」


 するとそこには、暇さえあれば考えてしまうしーちゃん本人が立っていた。

 以前はこうして現れるときはいつも不審者スタイルだったのだが、当然今のしーちゃんはもう不審者ファッションはしていない。


 今日は白のワンピースにサングラスと、去年DDGのライブへ行った時と同じ格好をしていた。

 そんなしーちゃんは、かけているサングラスを頭の上に乗せると、俺を見つめながらニコッと微笑んでくれた。


 思えば、去年のDDGのライブではまだ遠い存在だったけれど、今では俺の彼女で、こんな風に微笑んでくれるしーちゃん。

 だから俺も、バイト中であるにも関わらずそんな大好きな彼女に会えた事に自然と笑みが零れてしまう。



「しーちゃん、来てくれたんだね」

「うん! たっくんに会いたくて」


 もう何も包み隠さず、素直にそう言ってくれる事が嬉しかった。

 ニッコリと微笑むしーちゃんは、今日も今日とて完璧とも思える可愛さを誇っているのであった。



「ありがとう、俺も会えて嬉しいよ。今日はどっかの帰りか何か?」


 しっかりとオシャレをしているから、何かの帰りだろうと思った俺は何とはなしにそんな質問をしてみた。

 するとしーちゃんは、すぐ答えてくれるものだとばかり思っていたが何故か言い淀んでしまう。


 ――ん? なんだ?


 そんなしーちゃんに、俺は首を傾げる。

 あまり隠し事とかしないしーちゃんが、こんな風なリアクションをするのは珍しかったからだ。

 もしかして、何か俺には言えない事情でもあるのだろうか……。



「えっとですね……」

「うん、えっと?」

「その……どこにも行ってないです……」

「あ、そうなんだ」

「うん、その、これからたっくんに会うからと思いまして、このためだけにお洒落してきちゃった……」


 そう言って、恥ずかしそうに上目遣いでモジモジとこっちを見てくるしーちゃん。

 その仕草もとにかく可愛くて、そんなしーちゃんを見ているだけで自然と口角が上がって来てしまう。



「そっか、近所のコンビニ行くのにおめかししてきたんだね」

「もう! 笑わないでよ!」


 面白くなってちょっといじると、顔を真っ赤にしながら恥ずかしがるしーちゃん。

 たしかに今のは、乙女心ってやつを分かっていない発言だった。



「嘘だよ。今日も可愛いよ」

「ふぇ!?」


 だから、お詫びに俺は今日も可愛いしーちゃんを素直に褒めた。

 するとしーちゃんは、一度驚くとそれから両手を自分の頬っぺたに当てながらクネクネと恥ずかしがりつつ喜んでいるのであった。



「それで、今日は何買いにきたの?」

「うーん、別に何も」

「何も?」

「うん、だってたっくんに会いたくて来ちゃっただけだもん!」


 はにかみながら、そんな事を言ってくれるしーちゃん。

 成る程ね、買い物の目的は特になくて俺に会いに来ただけと。可愛すぎか?


 だったら、せっかくオシャレをして出てきたしーちゃんのことをそのまま帰すのも何だか申し訳なくなってきてしまう。


 時計を見ると20時前。

 しかし、俺の今日のシフトは20時半までだから、まだ上がるわけにはいかなかった。



「せっかくオシャレしたのに、真っすぐ帰すわけにもいかないな――って言いたいところなんだけど、俺今日シフトが20時半まで入ってるんだよね……」

「待ってます!!」

「いやでも、結構時間が――」

「待ってます!! 正直それも織り込み済みで来ました!!」


 片手をビシッと挙げ、やる気満々な表情でそう宣言するしーちゃん。

 そんな、相変わらず素直で面白いしーちゃんに俺はつい笑ってしまう。



「そっか、本当に良いの?」

「はい! いいです!!」


 それじゃあという事で、ちょっと時間は長いもののしーちゃんには待っていて貰う事となった。

 雑誌コーナーで立ち読みしながら待っているしーちゃんは、時折こっちを振り向くと、俺の方を見て嬉しそうにニッコリと微笑んでくれた。


 そのおかげで、普段は割と退屈なコンビニでのバイトも全く退屈せずに済んだのであった。

 やっている事は同じでも、大好きな人が同じ場所にいるだけでこうも変わるものなんだなと素直に感心してしまった。


 こうして数人のお客様が来つつ無事20時半までバイトを終えると、ようやくバイトを上がる事になった俺は急いで身支度を済ませるとしーちゃんの元へ急いだ。



「お待たせしーちゃん」

「うん、たっくんお疲れ様」


 こうして長い時間待ってくれていたしーちゃんを、俺は家まで送って行く事にした。



「今日は会いに来てくれて嬉しかったよ」

「えへへ、昨日の今日だけど、会いたくなっちゃった」

「それは、例の抱き枕効果かな?」

「うーん、そうかも」


 恥ずかしさを紛らわせるように、腕に抱きついてくるしーちゃん。

 そんな会話をしながら歩いていると、あっという間にしーちゃん家に到着してしまった。



「もう着いちゃったか……。このまま帰すのも、あれだけ待っててくれたのに何だか申し訳ないな……」

「ううん、会えただけでわたしは幸せだよ。それに送っても貰っちゃったから、むしろ得してるかも!」

「でも、せっかくオシャレだってしてくれたんだし――そうだ、しーちゃんさえ良ければ前みたいにうち来る?」


 だが俺は、長時間待ってくれていたしーちゃんに申し訳ない気持ち半分、もっと一緒にいたい気持ちでいっぱいになってしまったため、このままうちに一緒に来ないか誘ってみる事にした。



「え、いいの?」

「うん、しーちゃん来てくれれば母さんも喜ぶだろうし」

「じゃあ――うん、行きたいな」


 微笑みながら、頷いてくれたしーちゃん。

 こうして何時ぶりだろうか、今日はこれからしーちゃんも一緒にうちへ行く事になったのであった。


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