203話「秘め事」
「今日はご馳走様」
「うん、また遊びに来てね」
食事を終え、それからいつものように洗い物を済ませたところで、今日は時間も遅いため俺は家へと帰る事にした。
本当はもっと一緒に居たい気持ちしかないのだが、こうして離れるからこそ会いたくなるのだということを、今日俺はしーちゃんに再認識させて貰った。
しーちゃんの言った『会えない時間が愛を育てる』っていうのは、正しくその通りだと思う。
「じゃあたっくん、またLimeするね?」
「うん、待ってるよ」
「えへへ、夜遅いし気を付けてね」
少し寂しそうにしつつも、最後まで笑顔で見送ってくれたしーちゃん。
だから俺も、感じる寂しさを堪えつつ帰宅することにした。
――あ、しまった鞄忘れた
しかしエレベーターを降りたところで、しーちゃんの家に鞄を忘れてしまっていることに気付いた。
さっきバイバイしたばかりだというのに戻らなければならないことに若干の気まずさを感じつつも、鞄が無ければ困るので俺はしーちゃん家へと引き返した。
ピンポーン
「はい?」
「あ、しーちゃん俺、卓也だけど。ちょっと忘れ物しちゃって」
「あっ、たっくん!? う、うん! ちょ、ちょっと待ってね!」
返答まで若干間があり、そして相手が俺だと分かると何故か驚くしーちゃん。
さっき会っていたのに、そんなに驚く? と思いつつも、俺はしーちゃんが扉を開けてくれるのを待った。
「ご、ごめんたっくん! 忘れ物って何かな?」
「あーうん、鞄を……」
そう言って俺は家の中に再び上がらせて貰うと、そのまましーちゃんにリビングへと通される。
しかし、俺の記憶が正しければ鞄はリビングでは無く、しーちゃんの部屋に置いたはずだ。
「ごめんしーちゃん、多分リビングじゃなくてしーちゃんの部屋だと思う」
「ふぇ!? あ、たっくんその!」
そう言って俺がしーちゃんの部屋に向かうと、何故か慌てるしーちゃん。
何故しーちゃんがそんなに慌てるのか分からないが、忘れ物を回収しないことには帰れない俺はしーちゃんの部屋の扉を開けた。
すると部屋の中、正確には部屋のベッドの上に、再び俺の着ていたスウェットを被せられた抱き枕が一つ転がっているのであった。
――えっと、これは……
帰る前に着替えたスウェット。
それは確かに、ちゃんと洗濯すると言ってお風呂場へと持って行ったはずだった。
しかし何故かそのスウェットは、俺の見間違えじゃ無ければ再び抱き枕に被せられているのであった。
「しーちゃん……これは……」
「えっと、その……何と申しますか……」
「ちゃんと洗濯するって……」
「も、勿論するよっ!?」
「じゃあこれは一体……」
俺がそう言うと、突然しーちゃんは俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。
「きょ、今日だけ脱ぎたてホヤホヤを堪能しようと思いまして!」
そして恥も何もかも脱ぎ捨てて、考えていたことをそのまま正直に訴えかけてくるしーちゃん。
成る程、そんなに俺の着ていたスウェットを抱き枕にしたいんだね……。
「でも、料理したしハンバーグの匂いが染みついてない?」
「それも美味しい匂いだからセーフです!」
「そ、そっか」
何も問題無いと胸を張って宣言するしーちゃんに、俺はもう笑うしか無かった。
まぁ、元々はしーちゃんが買ってくれたスウェットだし、このぐらい彼氏として目を瞑ることにしよう。
ただ、汗とかの臭いだけはちょっと気になるところだ。
「汗臭かったりしないかな――」
「臭くないし、むしろご褒美ですっ!」
俺がそんな不安を口にすると、片手をビシッと挙げて問題無いことを全力で訴えてくるしーちゃん。
そんな、どうしてもこの場を力業で押し通そうとするしーちゃんが可笑しくて、俺は堪え切れず笑ってしまう。
「分かったよ、ちゃんとあとで洗濯してね」
「ラジャー!」
「じゃあ、鞄そこにあったから帰るね」
「イエッサー!」
敬礼をしながら、玄関まで見送ってくれたしーちゃん。
どこの軍隊ですかって話だが、そうしている理由はあまりにも下らなすぎるため俺はまたしても笑ってしまう。
「じゃあ、また月曜日」
「はいっ! お気をつけて!」
こうして俺は、今度こそしーちゃん家をあとにした。
そして帰り道を一人歩いていると、スマホからLimeの通知音が鳴る。
――ん? しーちゃんからだ
何だろうと思い、その送られてきたLimeを開く。
すると送られてきたのは画像ファイルで、え? 画像? と思いながらファイルを開くと、それは先程の抱き枕に抱きつきながら自撮りをするしーちゃんの画像だった。
そんな、一体何をアピールしたいのかよく分からないけれど、とりあえず今日も可愛いしかないしーちゃんの画像をいつも通り三回保存すると、続けてしーちゃんからLimeのメッセージが届く。
『今日はたっくんを感じながら眠れるので、寂しく無いよ』
その一文を見て、成る程と思うのと同時に自然と口角が上がって来てしまう。
抱き枕があるから、寂しくない――。
さっきの画像と合わせて、そんなことまで報告してくるしーちゃんのことが、俺はやっぱり堪らなく愛おしくなってきてしまう。
やっていることは少しどうかと思うけれども、それも全て俺への気持ちがあるからなのだと思うととにかく嬉しかった。
だから俺も、そんなしーちゃんにLimeの返信を送る。
『そっか、だったら俺も、しーちゃんの抱き枕が欲しいかも』
そんなしーちゃんの抱き枕がちょっとだけ羨ましくなった俺は、そんな普段は送らないようなLimeをつい送ってしまう。
すると返信に困っているのか、既読は付いたものの返信は中々返ってこない。
今のはちょっと気持ち悪かったかなとか、変なLimeを送ってしまったことを少し後悔していると、しーちゃんからの返事が返ってきた。
『今日着てるこの服でいいなら、今度渡すね』
おいおい、マジですか……。
そんなしーちゃんからのまさかの返信に、夜道で一人ガッツポーズをしてしまったのは全くもって仕方のないことだと思う。
でも、いざ今日着ていたあのフワフワな部屋着を本当に渡されたら……そう考えると、少し――いや、しーちゃんが抱き枕をDIYしてしまった理由が物凄く分かってしまう自分がいるのであった。
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