200話「隠しごと?」
ライブ会場を出ると、外はすっかり夕焼け色に染まっていた。
あっという間のようだったけれど、結構な時間が経過していたことに気が付く。
それだけ、早乙女さん達ハピマジの全力のステージに引き込まれていたということだろう。
そんなライブの余韻に浸りながら、俺はしーちゃんと共に駅へ向かって歩いた。
「凛子ちゃん達、頑張ってたね」
「そうだね」
「――わたしね、ちょっとだけ羨ましくなっちゃったの」
少し自嘲気味な笑みを浮かべながら、突然そんな言葉を漏らしたしーちゃん。
その理由を知りたかった俺は、しーちゃんの次の言葉を待った。
「わたし達も、最初はああだったなって思ってね。まだ誰もわたし達のことなんて知らないから、まずは知って貰う為にとにかく一生懸命ステージを頑張ってたの」
「そうだったんだね」
「うん、あの頃はとにかく無我夢中でね、ステージの回数を重ねていく毎に段々お客さん達も増えて行って、そんな目に見えて成果が得られる感じがとっても嬉しかったんだ」
「それは、うん。なんか分かる気がする」
「だからね、今の凛子ちゃん達はあの頃のわたし達と同じなんだと思うんだ。着実に一歩ずつ成果に繋げて、一丸となって同じ目標に挑んでる最中――」
そう言ってしーちゃんは、立ち止まって夕焼けの空を見上げた。
きっと早乙女さん達と、過去の自分達を重ねて懐かしんでいるのだろう。
「もしかして、またアイドルに戻りたくなっちゃった?」
「ううん。違うよたっくん」
首を振りながら振り向いたしーちゃんの表情は、何だか晴れ晴れとしていた。
「楽しみだなって」
「楽しみ?」
「うん、凛子ちゃん達なら、必ずもっと大きいステージにいけると思うと、何だか自分のことみたいにワクワクしてくるのっ!」
満面の笑みを浮かべながらそう答えるしーちゃんの姿に、俺は思わず見惚れてしまった。
「そっか、それは楽しみだね」
「うんっ!」
きっと、同じアイドルだからこそ分かるものがあるのだろう。
そんなしーちゃんと早乙女さん二人の関係が、俺もちょっとだけ羨ましく感じられるのであった。
◇
「じゃあ、今日は楽しかったよ」
しーちゃんを家まで送った俺は、そう別れを告げて家路へと着くことにした。
「ま、待ってたっくん!」
しかし、立ち去ろうとする俺の服の裾をぎゅっと掴んでくるしーちゃん。
「ん? どうした?」
「え、えーっと、そう! 晩御飯!」
「晩御飯?」
「うん、良かったらうちで食べて行かない?」
まるで咄嗟に今思いついたように話をするしーちゃんだが、今日はこのあとバイトも無いため断る理由もない俺は、それならとお言葉に甘えてご飯を一緒に頂いていくことにした。
するとしーちゃんは、ほっとしたような溜め息をつくと、そのまま嬉しそうに服の裾から腕に手を絡ませてきた。
そしてそのまま腕を引っ張ると、エレベーターの中へと乗り込む。
「じゃ、行こうわが家へ!」
「しーちゃん、今咄嗟に考えたでしょ?」
「ふぇ!? そ、そそそんなことは――ううん、そうです」
「どうしてか聞いていい?」
「だ、だって……」
「だって?」
「二年生になってから、まだたっくんうちに来てくれてないもん……」
口を尖らせながら、小声でそんな不満を漏らすしーちゃん。
その気を抜いた姿は可愛らしく、思わず抱きしめてしまいそうになるのをぐっと我慢する。
「そうだった、かな?」
「そうだよ! だから今日はもうちょっと一緒に居たいなって思ったの!」
ぷんぷんと怒り出すしーちゃんに、俺は分かったよと返事をしながら頭を撫でて宥める。
そしてエレベーターは十階へ着いたため、確かに少しぶりのしーちゃんの家へと向かった。
「えいっ! えいえいっ!」
玄関を開けた途端、嬉しそうに抱きついてくるしーちゃん。
そしてえいえい言いながら、一生懸命自分の顔を胸元に埋めてくるしーちゃんは、控えめに言って可愛かった。
さっきまでずっと一緒に居たとというに、外から中へ環境が変わった途端これだ。全くもって最高だった。
「あ、じゃあわたし着替えて来ちゃうから、たっくんは部屋でゆっくりしててね!」
そして満足したのか、そう言ってしーちゃんは着替えにお風呂場の方へと向かって行った――かと思いきや、何故かピタッと立ち止まるしーちゃん。
そして何か期待するような目をしながら、頬を赤らめる。
「あ、あのね、別にわたしはたっくんだったらね、その――」
「覗かないからね。はやく着替えておいで」
「……はーい」
なんだろう? あかりんが泊っている時もそうだったけど、そんなに覗いて欲しいんだろうか?
残念そうに返事をしたしーちゃんは、そのまま今度こそお風呂場の方へと向かって行った。
だから俺も、言われたままいつものしーちゃんの部屋で待つことにした。
少しぶりに入ってみると、相変わらず整理整頓は行き届いていて綺麗だった。
しかしよく見ると、何故かベッドの中がこんもりと盛り上がっていることに気付いた。
――ん? ああ、抱き枕かな
一瞬何かと思ったが、どうやらそれは大き目な抱き枕だったようだ。
まぁ一人暮らしだし、寝るとき人肌恋しくなることもあるのだろうと、俺はあまり深く考えずにベッドに腰掛けて待つことにした。
部屋の中はしーちゃんの甘い良い香りに包まれており、この部屋にいるだけで少しドキドキしてきてしまうのは最早仕方ないだろう。
ドタドタドタッ!ガチャッ!
すると、物凄い勢いで部屋へとやってきたしーちゃんが、勢いよく部屋の扉を開けた。
そしてベッドに一人腰掛けている俺の姿を見て、しーちゃんは慌てて詰め寄ってくる。
「ど、どうしたのしーちゃん?」
「あ、いや、あはは、何でも無いよ」
しかし、何かを確認するとほっとした様子のしーちゃんは、さっきまでの慌てようが嘘のように何でもないと誤魔化し出した。
そんな露骨に怪しいしーちゃんに、明かに以前と違うこの部屋のモノでピンときた俺は、そっとその抱き枕に手を伸ばそうとしてみる。
すると、案の定その俺の伸ばした手をパシッと掴んで阻止してくるしーちゃん。
「あはは、たっくんやっぱりリビング行こ?」
「え? 急にどうして?」
「いいから、ね?」
若干気まずそうに、笑って誤魔化すしーちゃん。
うん、これは絶対に何かある――。
そう確信した俺は、それじゃあと立ち上がるフリをして、一瞬で被さっていた布団を捲った。
するとそこには――、
普段俺がお泊りするとき着ているスウェットが被せられた抱き枕が一つ。
「えっと、しーちゃんこれは……」
「その、人肌寂しくて、つい……」
バツが悪そうに、白状するしーちゃん。
どうやらしーちゃんは、俺の服を抱き枕にしていたようである。
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