197話「お呼ばれ」

 次の日。


 今日もいつも通りしーちゃんと一緒に登校していると、突然背後から声をかけられる。



「おはようございます! 三枝先輩! 一条先輩!」


 朝から元気溌剌げんきはつらつといった感じで声をかけてきたのは、何だか最近お馴染みになってきている早乙女さんだった。

 満面の笑みを浮かべる彼女は、もう俺の隣ではなく憧れだったしーちゃんの隣にピッタリとくっ付くと、それはもう全身から嬉しいオーラを振り撒いているのであった。



「おはよう、早乙女さん」

「あ、わたしのことは凛子って呼んでくれませんか?」

「え? うん、じゃあ凛子」

「はいっ!」


 名前で呼ばれたのが余程嬉しかったのか、片手を挙げて元気よく返事をする早乙女さん。

 そんな分かりやすい早乙女さんに、しーちゃんは「元気があって宜しい」と一緒に笑っていた。


 なんていうか、そんな二人を見ていると、昨日分かり合った関係のはずなのに、姉妹のようにすっかり長年の付き合いのあるような関係に見えてくるから不思議だった。


 ちなみに、そんな二人の美少女は朝から存在感バッチリで、当然道行く人達の注目を集めてしまっていた。

 それは、昨日は言い合いしていた二人が今ではすっかり仲良しになっていることに驚いているようだが、それ以上にそんな美少女二人の姿に目を奪われているといった感じだった。



「あ、そうだ! お二人とも週末はお暇ですか?」

「週末? うん、特に予定はないけど?」

「うん、俺もバイトあるぐらいかな」

「そうですか! では、一度わたし達のライブに遊びに来て下さいよ!」


 そう言って早乙女さんは、まるで準備していたかのように素早く鞄の中からチケットを二枚取り出して渡してきた。

 渡されたチケットを見てみると、どうやら毎週駅前のライブハウスでライブをやっているようだ。



「たっくん、大丈夫?」

「うん、この時間なら」

「やった!」


 俺が大丈夫と答えると、本当に嬉しそうに喜ぶしーちゃん。

 しーちゃん的には、ライブへ行くこと以上に俺と出掛けるのが楽しみで仕方ないといった感じだった。


 ――まぁそれは、人のこと言えないか


 こうして俺は、今週末はしーちゃんと一緒に早乙女さんのライブへ遊びに行くことになった。



 ◇



 そして週末。


 しーちゃんと一緒に駅前のファミレスでランチを食べた後、俺達は早乙女さん達ハピマジのライブがあるライブハウスへと向かった。

 ライブハウスへ近付くと、既にファンと思われる人達が集まっており独特の雰囲気が感じられた。



「うぅ、たっくん……ちょっと食べすぎちゃったかも……」


 しかし、そんな中でもマイペースに緊張感の無いことを呟くしーちゃんは、自分のお腹をさすりながら少し辛そうにしていた。

 今日もランチは安定のハンバーグ定食を食べていたしーちゃんだが、確かに女性にはちょっと量が多かったのだ。

 でも、残したら勿体ないからと頑張って完食したしーちゃんは偉かったのだが、結果満腹でちょっと苦しそうにしているのであった。

 ちなみにそんなしーちゃんだが、今日は大き目のサングラスにキャップを深く被り、流石に変装をしてきている。

 周囲にバレたくない以上に、今日の主役は早乙女さん達ハピマジなのだと、自分がいることで変な空気にならないよう気を使っているのだそうだ。

 しかしそれでも、周囲にいるのはアイドルファンで目の肥えた人達である。

 何か感じるものがあるのだろうか、そんなしーちゃんのことをチラチラと伺っている人は少なくなかった。



「それでは、会場を開場しまーす! なんちって」


 そして、そんなスタッフの謎のギャグと共に、いよいよ会場が開場される。

 こういうのは全然慣れていないのだが、ファンの人達が中へ吸い込まれていくのに合わせて俺達も後に続いた。

 会場へ入ってみると中は思っていたより広く、それでも既に結構なファンが集まっているところを見るとハピマジの人気が伺えた。

 そんなアイドルグループの中でセンターをしている早乙女さんは、もしかしなくても自分が思っている以上に凄いのだろう。


 そんな独特な空気を肌で感じつつ、俺はちょっとした社会見学に来たみたいな気持ちで周囲を見渡していると、先に会場入りしていた一人の人物と思いっきり目が合ってしまう。

 そして目が合ったその人物は俺達を見るなり、わなわなと震えだす。



「えっ!? 一条!? そ、それに――」


 それは、同じクラスの上田くんだった。

 上田くんは俺達、正確には隣にいるしーちゃんの存在に気が付くと、それはもう漫画のように分かりやすく驚いていた。

 しかし、俺達のことを気遣ってくれたようで、慌てて驚く自分の口を両手で塞いでくれたおかげで、ここにしーちゃんがいることは周囲にバレずに済んだ。

 上田くんは同じ学年だし、そもそも俺と一緒にいる時点で分かってしまったのだろう。



「な、なんでここにいるんだ!?」

「ああ、いや、早乙女さんに誘われたんだよ」

「リンリンに!?」


 俺の返事に、またしても驚く上田くん。

 そしてその声に、今度は周囲の人達も何事もだとこっちを見てくる。

 そんな一々リアクションがオーバーな上田くんを落ち着かせつつ、俺はここへ来ている理由を小声で説明した。



「な、成る程……わが校の二大アイドルがついに……」

「まぁそういうことだから、別に深い意味とかは無いから」

「わ、分かった。騒いですまなかった」


 ようやく納得してくれたようで、申し訳なさそうに頭を下げる上田くん。

 どうやら、ようやく落ち着いてくれたみたいだ。



「今日は一人?」

「ああ、一人だけどさ、大体ここへ来たら知り合いいるから」


 上田くんがそう話すと、丁度タイミングよく見知らぬ男の人が声をかけてきた。

 小太りな体系、そしてメガネにチェックシャツを着た、いかにもアイドルが好きそうな年上の人だった。



「おやおや、上田くん久しぶり」

「あ、坂本さんお久しぶりです」

「今日もリンリンで?」

「ええ、そういう坂本さんもですよね」

「勿論! リンリンのいるハピマジは、今年こそ全国デビュー間違いなしですからね! それこそ今を時めくエンジェルガールズだって、目じゃないですよ!」


 アッハッハと豪快に笑う坂本さん。

 そして、そんな坂本さんから急に飛び出してきたエンジェルガールズというワードに、しーちゃんの方を向きながら申し訳無さそうに慌てる上田くん。


 そんな上田くんと坂本さんが面白かったのか、隣でしーちゃんはクスクスと笑っていた。


 こうして、まだライブは始まらないものの、クラスで一番キャラの濃い上田くん、そしてどうやら更にキャラの濃い坂本さんまで現れたことに、俺はこの先本当に大丈夫かなと少しだけ不安になってくるのであった……。


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