196話「確認」

 話は無事一件落着したため、喫茶店を出るとそのまま早乙女さんは帰って行った。


 そして俺は、しーちゃんを家まで送るべく一緒にいつもの帰り道を歩く。



「ねぇたっくん、わたしは今ちょっと不満です」

「不満? どうして?」

「言わないと、分からないかな?」


 頬っぺたをぷっくりと膨らませながら、不満そうな顔でじーっと見つめてくるしーちゃん。

 そんな不満を露わにするしーちゃんも珍しいなと思いつつも、こんな表情を向けてくれるのもそれだけ仲が深まったおかげだよなと思うと嬉しかった。

 しかし、そんなことを今のしーちゃんに言えるはずもなく、俺は何やら不満そうにするしーちゃんの問いかけに答えるしかなかった。



「えっと、早乙女さんのことかな?」

「それ以外に、何かある?」


 当たりだった。というか、思い当たるのはそもそもそれぐらいだ。

 きっとしーちゃんは、自分の知らないところで早乙女さんと俺が知り合っていたことが不満なのだろう。

 別にそのぐらいのことでと思わなくもないが、きっとそうじゃないのだろう。

 何故なら、仮に同じようにしーちゃんが俺の知らないところで知らない男と仲良くなっていたとしたら、それはやっぱり気になるし、場合によっては俺だって今のしーちゃんのような態度になるかもしれないからだ。


 だから今回の件は、こうして不満そうにするしーちゃんが正しくて、不安にさせてしまった俺が悪い。



「そうだよね、ごめん」


 だから俺は、素直に謝った。

 当然疚しいことなど一つも無いのだが、それでも相手がよく思っていないのであれば、そう思わせてしまったことを謝るべきだと思ったから。


 すると、そんな俺の謝罪を受けたしーちゃんは、立ち止まると腕を組みながら俺の方をじっと見つめてくる。



「じゃあたっくんは、どっちが可愛いと思った?」

「え?」

「わたしと早乙女さん、どっち?」


 一体何事かと思えば、まさかの二択を迫ってくるしーちゃん。

 そんなの言うまでもないのだが、何となくただ答えるだけでも不十分な気がした。


 だから俺は、言葉ではなく態度で示すことにした。

 腕を組むしーちゃんと向かい合った俺は、むすっと膨れるしーちゃんの頭にそっと手を置くと、そのまま優しく頭をなでなでする。

 するとどうだろう、しーちゃんの膨れた表情は少しずつ和らいでいくのであった。

 しかし、ハッとしたしーちゃんは気合を入れるように気を引き締めると、再びぷっくりと膨れてみせたのであった。

 そしてその目は、まだ俺からちゃんと答えを聞いていないことを不満がっているようで、しーちゃんは嬉しさと不機嫌さが混在した絶妙な表情を浮かべていた。



「言わないと、分からない?」

「わ、分からないもん」

「本当に?」

「ッ!? わ、わかんない!」

「本当の本当に?」


 俺はしーちゃんの顔を覗き込みながら、しつこく何度も聞いてみる。

 すると、決して不満の態度を崩さないしーちゃんだが、段々とその口角が上がってきているのであった。


 本人は必死に態度を示しているつもりなのだろうが、やっぱり分かりやすいしーちゃんは今日も安定の可愛さ全開だった。


 だから俺は、そんな膨れるしーちゃんの頬っぺたを指でつつく。



「ぷへっ」

「あはは、破裂した」

「もう、たっくんのバカ! ちゃんと答えてよ!」

「勿論、しーちゃんだよ」

「え?」

「俺が好きなのは、今も昔も、それからこれからだってずっと、しーちゃんだけだよ」


 ご希望通り、俺はしーちゃんの目を真っすぐ見つめながらそう返事をした。

 するとしーちゃんの顔が、見る見るうちに赤く染まっていくのが分かった。



「ま、まぁそれならいいです。じゃあ、今回の件はこれ以上は不問とします!」

「本当に?」

「そ、その代わり! はいっ!」


 恥ずかしそうにそっぽ向きながら、そう言ってしーちゃんは自分の手を差し出してくる。



「手を繋いで帰ることっ!」

「勿論良いけど、いつも繋いでるよね?」

「いいのっ!」


 こうして俺は、今日もいつも通りしーちゃんと手を繋ぎながら再び帰り道を歩き出した。

 隣を見ると、先程とは打って変わってすっかりご機嫌な様子のしーちゃんの姿があった。

 そんなご機嫌なしーちゃんを見ていると、俺もちょっと気になってきてしまい質問してみることにした。



「しーちゃんはさ、俺のことどれぐらい好き?」

「え? 宇宙一好き」

「そっか、宇宙一かぁ」

「うん、宇宙一」


 我ながら突拍子もない質問だったが、まるで天気の話でもするかのように即答したしーちゃん。

 そんな、さも当然かのように即答されたスケールの大きすぎるその回答に、俺は思わず笑ってしまう。



「だからわたしは今、宇宙一幸せだよ」


 そう言って、本当に嬉しそうに微笑みかけてくれるしーちゃんの姿は、早乙女さんには申し訳ないが正直比べ物にならない程可愛かった。

 そして、こんな可憐な微笑みが自分だけに向けられているのだと思うだけで、やっぱり俺も宇宙一幸せだと思えるのであった。


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