195話「アイドルと目標」
元国民的アイドル、それから現役のアイドルという美少女二人を連れて、俺は学校の近くにある喫茶店へとやってきた。
そんな二人の美少女はというと、それはもうバツが悪そうに目を逸らしながら向かい合って座っている。
お互い言いたい事とか思う所はあるのだろうが、先程の失態を気にしているのかそわそわと居心地が悪そうにしているその様は、もしこれが客観的だったら正直あと十分ぐらい眺めていたくなるような空気を放っていた。
でも、残念ながらこの場はそうもいかないため、丁度頼んでいた飲み物が届けられたところでこの場は一先ず連れてきた手前俺が取り持つ事にした。
「落ち着いたかな? それじゃ、まずは二人は言う事あるよね」
「い、言うこと……?」
俺の言葉に、早乙女さんが恐る恐る聞き返してくる。
対してしーちゃんは、相変わらず気まずげに下を俯きながらそうに口を閉ざしていた。
「そう、まずは二人でごめんなさいだね」
人前で騒ぎでもないけど、目立つ行動をしてしまったのだ。
その結果、守るべきものがあるにも関わらずお互い困らせ合ってしまった事に対して、まずは謝り合うのが一番だろう。
「「ごめんなさい……」」
そして、俺の言いたい事は勿論頭では理解していた二人は、素直に頭を下げ合いながらか細い声で謝り合った。
それはもう見事なしょんぼり具合で、そんな滅多に見ないしょんぼり姿のしーちゃんも内心では可愛いなと思ってしまったのは内緒だ。
「はい、よく言えました。それで、早乙女さんはどうしてしーちゃんの事を探っていたのかな?」
落ち着いたところで、俺は早速本題を切り出した。
それは勿論、そもそもの原因である早乙女さんの行動についてだ。
何故早乙女さんはしーちゃんの事を探るような真似をし、そして俺にまで近づいて来たのかここではっきりと説明して貰う事にした。
「そ、それは……」
「それは?」
「だって……せっかくエンジェルガールズのしおりんと同じ学校に来たのに、ど、どうしていいか分からなかったんです……」
今にも消えてしまいそうな声で、恥ずかしそうに自白する早乙女さん。
そんな早乙女さんの言葉に、しーちゃんは目を丸くして驚いていた。
無理もない、しーちゃん的にはきっと早乙女さんの事を恋のライバルか何かだとでも思っていたのだろう。
だから、まさか彼女の矛先が俺では無く自分に向いていた事に驚くのも無理はなかった。
「なるほどね、同じアイドルとして尊敬してたんだ」
「え? アイドル?」
俺の一言に、しーちゃんは更に目を見開いて驚く。
やはりしーちゃんは、早乙女さんがアイドルをしている事を知らなかった。
「え、うん。こちらの早乙女さんは、ハッピーマジックってアイドルグループに所属してるんだ。って、俺も最近知ったんだけどね」
「ハッピーマジック……あっ」
グループ名を聞いて、ようやくしーちゃんもピンときた表情を浮かべる。
そして早乙女さんの顔を見ながら、腑に落ちたようにうんうんと一人頷く。
「あの、も、もしかしてご存じで……?」
「あ、うん。一回フェスで一緒になったよね」
「そ、そうですっ! わ、わたしあの時楽屋までご挨拶に!」
しーちゃんが思い出してくれたのが嬉しいのか、早乙女さんは立ち上がって喜ぶ。
しかし、すぐに取り乱してしまった事に気が付くと、一度咳ばらいをして恥ずかしそうに着席した。
「良かったね、しーちゃんも思い出してくれたみたいだね。――でも、早乙女さんはそれだけじゃないよね?」
俺の問いかけに、早乙女さんは真剣な表情で頷いた。
その表情は、以前食堂ですれ違った際こちらへ向けていた時のそれと同じで、どこか納得いかないような不満そうな感情を覗かせていた。
「――はい、わたしは納得いかないんです」
「納得?」
「ええ、どうして三枝先輩が、アイドルを辞めてしまったかについてです」
それはある意味、予想していた通りの理由だった。
きっと早乙女さんにとって、アイドルしおりんの存在は特別なのだと思う。
同じアイドルとしての、憧れとかもあったのだろう。
だからこそ、電撃引退してしまったしーちゃんの事が、尊敬している分納得もいかないのだろう。
そしてそれは、ここまで会話をすればしーちゃんにも分かったようだ。
しーちゃんはそんな早乙女さんの顔を真っすぐに見つめながら、そっと口を開く。
「答えても良いんだけどね、その前に一つ聞かせて欲しいな。早乙女さんは、どうしてアイドルになったの?」
「どうして……?」
「そう。人気者になりたいから? それとも歌が好きだから?」
「それは――そうです。そのどちらもアイドルになる動機としては違いありません。でも、一番大きな理由は他にあります」
「聞いてもいい?」
「はい――それは、貴女の存在です。わたしはエンジェルガールズを見て、アイドルになる事を決心したんです」
しーちゃんの事を真っすぐ見返しながら、早乙女さんははっきりと答える。
そんな早乙女さんの言葉を聞いて、しーちゃんは「嬉しいな」と一言呟く。
「だから――だからわたしは、どうしてアイドルの頂点にいた貴女がアイドルを辞めてしまったのか。憧れていただけに納得がいかないんですっ!」
その真剣な早乙女さんの訴えに、しーちゃんは受け入れるように一度頷いた。
そして、優しく微笑みながらゆっくりと口を開く。
「わたしはね、普通の女の子に憧れていたの」
「普通の、女の子……」
「そう、アイドルとしてじゃなくて、どこにでもいるような、好きな人に恋することが当たり前に許される普通の女の子――」
そう言ってしーちゃんは、隣に座る俺の顔を見るとふわりと微笑む。
その表情で、しーちゃんが何を言いたいのか十分すぎるほど伝わった俺は、そんなしーちゃんに微笑み返す。
しかし、早乙女さんには伝わらない。
「――わたしには分からないです。そんなの、大人になってからでもいいじゃないですか? わたし達の目指す先の頂点まで登り詰めて、どうしてそれを簡単に手放せたのかわたしには分かりません」
「簡単じゃないよ。いっぱい悩んだし、メンバーや関係者にも沢山迷惑かけちゃったもの。それでもわたしは、やっぱり譲れなかった――」
「ど、どうしてですか?」
「――そんなの決まってるよ。だってわたしは、たっくんにずっと恋してたから」
早乙女さんの問いかけに、真っすぐ返事をするしーちゃん。
「しーちゃん……」
「えへへ、でも普通に考えてやっぱり無鉄砲だったよね。――でもね、わたし自信あったんだ。アイドルとして培った自信や経験が、絶対にたっくんとまたあの頃みたいに戻れるって後押ししてくれたの」
そう言って微笑むしーちゃんの表情は、晴れ晴れとしていてただただ美しかった。
まぁ実際にはコンビニでの挙動不審や、色々不器用で時にポンコツだったりしたしーちゃんだけど、それでも気持ちだけは一貫してずっと俺に向けてくれていた。
だから俺は、そんなしーちゃんに向かって「そうだね」と一言しっかり頷く。
「ねぇ早乙女さん、早乙女さんにとってのアイドルとしての目標は何?」
「目標、ですか。それは勿論、エンジェルガールズに追いつく事です」
「その次は?」
「その次、ですか……」
思いがけない質問に、考え込む早乙女さん。
今の早乙女さんにとっては、憧れのアイドルに追いつく事が目標であって、その先の事なんて何も考えられてなんていないのだろう。
それは無理はなく、エンジェルガールズに追いつくというのは全アイドルの頂点に立つという事だから、その先のことなんて考えていないのは当然だった
「ファンのみんなを笑顔に出来る、しおりんみたいなアイドルになりたい……」
「そっか、いいんじゃないかな」
悩んだ末、ぽつりと出た早乙女さんの言葉に、しーちゃんは満足そうに頷く。
「それじゃあ是非とも、早乙女さんにはわたしを超えて貰わないとね」
「え!? む、無理ですよっ!」
「諦めちゃうの?」
「そ、そういう意味ではなく、その……ううん、そうですね。無理じゃないです、なります。三枝先輩を――しおりんを超えるアイドルに、わたしはなります! それで、絶対に分からせてあげます! 身近でトップアイドルになったわたしの姿を見て、やっぱりアイドルを辞めるんじゃなかったって!」
そう言って微笑む早乙女さんの表情は、新たな目標を見つけ晴れ晴れとしていた。
そして、そんな早乙女さんの宣言を聞いたしーちゃんも、満足そうに微笑んでいた。
こうして、同じ学校へ通う二人のアイドルのすれ違いは、無事に解消されたのであった。
理由は人それぞれ、必ずしも納得し合えるわけではない。
けれど、そのうえで認め合えればそれでいい。
早乙女さんのその瞳は、やる気と自信に満ち溢れたようにキラキラとしており、まさにアイドルといった感じでこれまでで一番輝いて見えたのであった。
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