194話「衝突」

 向き合う美少女が二人。

 その二人はただの美少女ではなく、アイドルとして名を馳せた二人。


 国民的アイドルグループであるエンジェルガールズのしおりんこと三枝紫音と、今人気急上昇中の地下アイドルハッピーマジックのリンリンこと早乙女凛子だ。


 そんな、この平凡な公立高校においてそのあまりにも特別な二人が向き合っているこの状況は、当然目立たないはずがなかった。

 周囲を見渡すと、下校する足を止めて何事かとこっちを見ている人の数は次第に増えていく。



「は、はじめまして三枝先輩。わたし、早乙女凛子と申します」

「そう、はじめまして。三枝紫音です」


 自己紹介し合う二人。

 早乙女さんから自己紹介されても、彼女がアイドルをしている事は恐らく知らないのだろう、しーちゃんはその名前に反応することもなく普通に返事をした。

 対して早乙女さんはというと、いざしーちゃん本人から自己紹介された事で現実味が増したのか、知っているはずなのに少し驚いていた。


 しかし、それでも早乙女さんの挑戦的な表情は変わらない。

 挑むようにしーちゃんの事を真っすぐ見据えた早乙女さんは、ふっと笑った。



「やっぱり、知らないんですね」

「知らない?」

「いえ、何でもないです。そんな気はしてましたから」


 早乙女さんの含んだ物言いに、何だろうとしーちゃんは小首を傾げる。

 今のやり取りでもこの反応という事は、本当に早乙女さんもアイドルをしているという事に気付いてはいない様子だった。

 思えば、しーちゃんは勉強は出来るけどハンバーガーを食べた事が無かったり、元々みんなにとっての常識だと思っていた事でも知らない場面も多かったため、例え同じアイドルでもしーちゃんだから知らないという事もある。


 だが、それでも早乙女さんからしてみれば屈辱的だったのだろう。

 これまで積み上げてきた実績が、残念ながらしーちゃんには未だ届いてはいなかったのだ。

 それを察した早乙女さんは、少しだけ悔しそうな表情を滲ませるとそのままこの場を立ち去ろうとする。


 しかし、それは早乙女さんの事情であって、しーちゃんには関係ない。



「待ってよ。早乙女さんは、どうしてたっくんに近付くの?」


 ニコリと微笑み、真っ直ぐ問いかけるしーちゃん。

 そしてその圧は、先程よりも高まっているように感じられた。


 早乙女さんの事情なんて関係ない。

 どうして早乙女さんが俺に近付くのかと、しーちゃんはまだ話は終わっていないと引き留めたのである。


 そして、その圧を前に流石の早乙女さんもたじろいでいるのが分かった。



「――いや、そ、それは」

「それは?」


 それは、俺を介してしーちゃんの事を探るため。

 しかし、そんな事当然本人には言えない早乙女さんは、返答に詰まってしまう。


 だが、その不自然な反応をしーちゃんは見逃さない。

 早乙女さんに疚しい部分がある事を悟ったしーちゃんは、張り付いたような笑みを浮かべながら早乙女さんの元に詰め寄る。

 対して、近づいてくるしーちゃんに怯んだ早乙女さんは、先程の俺と同じように一歩後ろへ後ずさる。

 ハッピーマジックという今人気急上昇中のアイドルグループでセンターをしている彼女でも、国民的アイドルのエンジェルガールズしおりんの圧の前には耐え切れない様子だった。


 そんな、まるで弱肉強食のような状況に、逃げ場を失ってしまった早乙女さんはわなわなと震えだしてしまう。


 そして――。



「――だって、それしかないと思ったんだもん……」

「え?それしかって何が……」

「この学校に入学するまでは良かったけど、そこからどうしたらいいか分かんなかったのっ!」


 もう自棄になったように、そう声をあげる早乙女さん。

 そんな吹っ切れた様子の早乙女さんの剣幕には、流石のしーちゃんも驚いてしまう。


 そのまま、向き合いながら硬直してしまう二人。

 しかし俺は、そんな早乙女さんを見ていたらどうしてそんな事を言っているのか流石に察しがついてしまった。


 周囲を見渡せば、そんな有名人二人のやり取りに気付いた人達で囲まれてしまっており、流石にこのままじゃ不味いと思った俺は一先ずこの場を何とかしないければと思い、向き合う二人の背中を軽くポンと叩いて、そのまま校門へ向かって歩き出した。



「ちょ、せ、先輩!?」

「たっくん!?」

「二人ともちょっと目立ちすぎ。一回移動するよ」


 俺の言葉に、ようやく周囲の状況と自分達のしでかした事に気が付いた二人は、反省するようにシュンと項垂れると黙って従ってくれた。


 こうして俺は、二人のアイドルと共にまずは一回落ち着いて話が出来る場所へ移動する事にした。


とりあえずこの、人一倍不器用な後輩と、悪気は無いけれど人一倍鈍感な彼女との間で生じてしまっているすれ違いを晴らすために。

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