193話「対峙」

 昼休み。


 俺はいつものメンバーで、いつも通り食堂のテーブルで弁当を食べていた。

 目の前の孝之は清水さんと楽しそうにお喋りをし、隣のしーちゃんは美味しそうに唐揚げを食べている。

 しかしそんな平和な日常のなか、俺は体育の授業前に現れた早乙女さんのことが気になって、少し心ここに有らずといった感じだった。


 ――もし早乙女さんがまた現れたらどうしよう


 そんな不安が、俺の中で渦巻く。

 彼女はしーちゃんに興味がある。しかし、そのためにもまずは俺を知ることから始めると言っていた。

 まだ素性もよく分からない彼女が、一体どんな手段で何をしてくるのかなんて俺には全く予想が付かない分、不安は大きくなっていく。


 そして、そんな俺の変化にしーちゃんはすぐに気が付いた。



「たっくん?どうかしたの?」


 そう言って、そのクリクリとした瞳で心配そうに見つめてくるしーちゃん。

 俺の制服の裾をきゅっと握って見つめてくるしーちゃんに、俺は申し訳ない気持ちになってくる。



「ごめん、何でもないよ。ちょっと考えごとしてただけだからさ」

「そっか、何かあったらすぐに言ってね?」


 こんな可愛い彼女を心配にさせるのは良く無いよなと、今はしーちゃんとの時間に集中することにした。

 まぁ早乙女さんだって有名人だ、よっぽど変な行動になんて出てはこないだろう。


 だからこれは俺のただの杞憂だよなと反省しつつ、俺は不安がるしーちゃんの頬っぺたを指でつついた。



「い、いちゃい」

「ごめんねしーちゃん、心配してくれてありがとう」


 プニプニと俺に頬っぺたをつつかれながらも、安心したのか嬉しそうに微笑んでくれたしーちゃん。

 そんなしーちゃんが可愛くて、俺はこのプニプニ攻撃を止めることが出来なかった。



「おーい、お二人さーん。公衆の面前でのイチャイチャは禁止だぞー」

「禁止ー」


 そんな俺達に向かって、前に座る孝之と清水さんが揶揄ってくる。

 お前らだって、全くもって人のこと言えないのによく言うよ。

 こうして笑い合った俺達は、いつも通り楽しい昼休みを過ごしたのであった。



 ◇



 そして、下校時間になった。

 先にホームルームを終えたしーちゃんが、既に後ろの出入り口のところでスタンバイしているのが視界に映り、俺は思わず笑ってしまう。

 国民的アイドルだったしーちゃんが、俺の出待ちをしているのだ。

 いつまで経っても違和感しかないこの関係は、まだしーちゃんのことをよく知らない人達からしたらきっと驚きしかないのだろう。

 現にクラスの内の何人かは、ホームルームそっちのけでそんなしーちゃんの姿に視線が向いてしまっていた。


 しかし、しーちゃんは動じない。

 ただ俺の方を真っすぐ見ながら、謎のグーポーズをしてくる。

 だから俺も、訳が分からずグーポーズをし返すと、しーちゃんはパァっと笑顔になった。


 ――うん、全然意味が分からないけど可愛いからオッケーです


 こうしてしーちゃんに監視されながら残りのホームルームを終えると、終了を察知するや否や急いでしーちゃんは俺の席へとやってきた。



「たっくん!」

「うん、どうした?」

「何もないよ!帰ろうっ!」

「そうだね、帰ろっか」


 やたらハイテンションなしーちゃんに連れられながら、俺は今日も早々に帰宅することとなった。

 そんな俺達に向かって、クラスのみんなからは羨望の眼差しが、そして隣の席の清水さんからは苦笑するような笑みが向けられるのであった。



 ◇



「あ、一条先輩」


 忘れ物をしたと慌てて自分の教室へ戻って行ってしまったしーちゃんを昇降口で一人待っていると、突然話しかけられる。



「――早乙女さん」

「何です?わたしに声をかけるのは不服ですか?」


 声をかけてきたのは、まさかの早乙女さんだった。

 どうやら、やはり俺の杞憂では終わらなそうだ。


 そんな気持ちが顔にはっきりと出てしまっていたのだろう、嫌々返事をする俺を見て早乙女さんは不満そうに少し膨れる。

 流石は現役アイドルなだけあって、その姿は確かに可愛らしく、彼女もまた特別な存在であることを分からされる。


 彼女は、自分に相当自信があるのだろう。

 余裕に満ち溢れた笑みを浮かべながら、上目遣いで近寄ってくる早乙女さん。

 俺のことを知る宣言をした彼女は、完全に俺のことを試しているのだろう。

 こうして俺を誘うように近付いてくる彼女だが、その目的は俺ではなくしーちゃんなのだ。

 だから俺は、下手な行動はするものかと緊張感を高めつつ、そんな迫りくる彼女に合わせて一歩後ろに下がる。



「あら?どうして避けるんですか先輩?こんなに可愛い後輩が近寄ってるんですよぉ?」

「いやいや、勘弁してくれないかな」


 しかし距離を保つ俺を面白がるように、早乙女さんは笑みを浮かべる。

 もしかしたら、ただ単に俺のことを面白がってるだけかもしれないな……。


 でも、ここであまり長い間話をしていると――。



「ふーん、可愛いんだ」



 そう不安に思っていると、俺達に向かって声がかけられる。

 振り向くとそこには、案の定戻ってきたしーちゃんの姿があった。


 俺と早乙女さん二人を見ながらしーちゃんは、ニッコリと笑みを浮かべながらゆっくりとこちらへ近付いてくる。

 一見するといつも通りのしーちゃんなのだが、どう見てもその心は笑っていなかった。



「たっくん、この子だれ?」


 そして俺の隣までやってくると、変わらずニッコリと笑みを浮かべたまま早乙女さんと向き合うしーちゃん。

 対して早乙女さんも、少し驚いたような素振りを見せつつも一歩も引かない。


 こうして、この学校に通う元国民的アイドルと現役アイドルの二人が、最悪の状況で初めて向かい合う形となったのであった――。


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