192話「もう一人のアイドル」
体育の授業のため、着替えを終えた俺は上田くんと一緒に校庭へと向かって歩いていた。
上田くんとはたまたま席が近かったことがキッカケだが、なんやかんやお互い気が合い新しいクラスで行動を共にする事の多い友達になっていた。
ちなみにそんな上田くんと歩きながらする会話はというと、大体アイドルについての話が多かった。
上田くんはやっぱり生粋のアイドル好きなようで、隙あらばしーちゃんのプライベートがどんななのかとか色々聞いてくるのだが、答えられる範囲で答えてあげる度に上田くんは大喜びしてくれていた。
そんな、本当に生粋のアイドルファンである上田くんは、よくエンジェルガールズというアイドルグループがいかに特別なアイドルなのかを語ってくれるのだが、その話は俺としても興味深かった。
彗星のごとく現れたエンジェルガールズ。
彼女達はそれぞれ個性豊かな美少女五人組というだけではなく、その中心には絶対的リーダーであるあかりんがいて、そしてそれを支える不動のセンターにして圧倒的カリスマ性を備えたザ・アイドルのしおりんの存在が何より大きく、彼女達はデビューからあっという間に国民的アイドルの地位まで登り詰めた伝説級のアイドルグループなのだという。
俺自身、有名になってからテレビで観る程度にしか知らなかったのだが、上田くんはそんなエンジェルガールズのメンバーが同じ学年にいるというだけで始めは大興奮してしまったらしく、よくうちのクラスまで覗き見しに来ていたそうだ。
そういう話を聞かされると、やっぱりしーちゃんって凄い存在なんだよなという事を再認識させられる。
でも、そんな話を聞いていると、しーちゃんと俺が付き合っている事に対して何か思う所とか無いのかなと心配にもなったのだが、そこは意外とすんなり受け入れてくれていて、なんなら祝福までしてくれているのであった。
それが気になった俺は、それだけファンなのに何故なのかと聞いてみたところ、それは単純に上田くんはエンジェルガールズの中では大のあかりん推しだからであった。
だから俺は、実はそんなあかりんのLimeを知っていて、オマケについこの間しーちゃん家で一緒にお泊りもした事あるだなんて死んでも言えなかった。
まぁそんなアイドルファンである上田くんと、今日も一方的にアイドルトークを聞かされながら廊下を歩いていると、駆け寄ってきた人物に突然声をかけられた。
「一条先輩、ですよね?」
その声に振り返ると、そこにはツインテールが印象的な美少女が一人立っていた。
そして、よく見なくてもそれは例の一年生のアイドルの女の子だった。
「リ、リンリン!?」
そんな突然のアイドルの登場に、上田くんは大慌てだった。
しかし彼女は、そんな驚く上田くんの事なんて気にする素振りも見せず、何やら真剣な顔付きで俺の事をじっと見てくる。
「えっと、そうだけど何かな?」
「ちょっとお話があります。少々、二人きりでお話させて頂いても宜しいでしょうか?」
その申し出に、俺は正直断りたい気持ちでいっぱいだったけれど仕方なく頷く。
何故ならきっと、これは俺だけの話ではないからだ。
こうして、俺だけ指名された事に寂しそうにしている上田くんには悪いけれど、俺は彼女と二人だけで校舎裏の人気が無い場所へとやってきた。
「それで話って?」
「それは勿論、三枝先輩についてです」
やっぱりかと思った俺は、続きを促す。
「どうして三枝先輩は、アイドルを辞めてしまったんですか?」
「どうしてって、それは本人に聞けば――」
「聞けるわけがないから、こうして一条先輩に聞いてるんです」
俺が言い終わるより先に、彼女は身を乗り出して訴えかけてくる。
ふわふわと揺れるツインテール。
そんな急な美少女のアップに、少しだけたじろいでしまう。
しかし、そう言われても俺には理由を言う事なんてできない。
上田くんの他愛の無い質問ならまだしも、そういう踏み込んだ話を俺が勝手にすべきではないと思ったからだ。
そして、彼女も俺が答えるつもりは無い事にはすぐに気付いたのだろう。
諦めたように一度溜め息をつくと、改めて俺に向き直ってくる。
「――すみません、申し遅れました。私は一年二組、
「うん、さっき一緒にいた上田くんから教えて貰ってるから知ってるよ」
「そうですか――あ、そういえばさっきの彼、よくライブにも来てくれていたような気がしますね」
成る程と頷く早乙女さん。
良かったね上田くん、どうやら早乙女さんは覚えててくれたみたいだよ。
「とりあえず、俺からしーちゃんの事情とか勝手に話す事はできないからね」
「――そうですか、分かりました。では、作戦変更しようと思います」
そう言うと早乙女さんは、グイっとまたその顔を近付けてくる。
そして綺麗な顔立ちにドヤ顔を浮かべる。
「さ、作戦?」
「はい。まずは一条先輩のことから、知ろうと思います」
俺の事から知る?
なんでそうなるのか、俺はその意味がよく分からず困惑してしまう。
しかし、早乙女さんは一方的にそれだけ告げると「では、そろそろ次の授業が始まりますので失礼しますね」と言葉を残し、そのまま立ち去って行ってしまったのであった。
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