191話「逆に」
「ねぇ、たまには逆に一条くんから会いに行ってみれば?」
休み時間、清水さんと他愛の無い会話を楽しんでいると、いきなりそんな事を言われてしまった。
思えば確かに、これまでしーちゃんがうちのクラスに来ることばかりで、俺から顔を出す事をしていなかった。
――なんていうか、俺はそんなキャラじゃないし、恥ずかしいんだけどなぁ
でも、清水さんのいう事はごもっともだった。
俺は行かずに、しーちゃんばかりにこっちに来させているのは確かに良くない。
だから俺は「そうだね、じゃあ行ってみようかな」と隣のクラスへ顔を出してみる事にした。
そして、隣のクラスの入り口までやってきた俺。
しかし、ここへ来るまでは良かったのだが、いざ他のクラスに足を踏み入れるとなるとやっぱりアウェーというか何というかちょっと居心地の悪さを感じてしまう。
そう思った俺は、まずはそっと教室の中を覗いてみる事にした。
すると、教室の中では一年の時と同じくクラスの中心でクラスメイト達に囲まれながらニコニコと微笑むしーちゃんの姿があった。
相変らず人気者だし、そんな姿を見ているとやっぱりアイドルなんだよなと思えてくる。
そしてそんなクラスみんな仲睦まじい様子を見ていると、何だかあの輪に割り込むのも悪い気がしてきてしまう。
――別に今じゃなくてもいいよな
そう思った俺は、また別のタイミングに改めようかなと思ったその時だった。
「あれ?卓也じゃんどうした?」
そう話しかけてきたのは、孝之だった。
決して忘れていたわけじゃないが、このクラスには孝之もいたのだ。
うん、今日も笑顔がキマってて、相変わらずのナイスガイっぷりで安心する。
俺が女なら惚れちゃうね!――って、この下りも随分と久しぶりな気がするな。
「いやまぁ、ちょっと――」
「たっくん!?たっくん!!」
俺が返事を言い終えるより先に、少し離れた席に座るしーちゃんが『卓也』というワードに反応した。
そしてキョロキョロしながら俺の姿を発見すると、それはもう嬉しそうに駆け寄ってきた。
「どうしたの!?」
「いや、いつも来てもらうばっかりだったから、たまには俺から顔出そうかな、と――」
「そうなの?嬉しいっ!!」
そう言うと、本当に嬉しそうに俺の腕をとってぴょんぴょんと飛び跳ねるしーちゃん。
そして、そんなしーちゃんに向かってクラスの視線は一気に集まる。
きっとクラスのみんなは、まだこんなしーちゃんを見た事無い人も多いのだろう。
無邪気に喜ぶその姿は、意外だったのかそれとも新鮮だったのか、みんな驚いた様子でこっちを見てきていた。
「あ!ねぇたっくん、こっちきて!」
しかしウキウキのしーちゃんは止まらない。
そのまま俺の腕を取ると、自分の席へと俺を引っ張る。
今度は何だろうと思いながら、俺は引っ張られるままクラスの中心まで連れて来られた。
そしてしーちゃんは自分の席に着席すると、隣の空いている席に座るようにお願いしてくる。
だから俺は、言われるがまま誰の席かも分からないがちょっとだけ座らせて貰うことにした。
「えへへ、また隣の席だね♪」
「ああ、成る程」
どうやらしーちゃんは、俺とまた隣の席に座りたかったようだ。
確かに、思えば一年の最初の席替え以来だから、何だか懐かしい気持ちになってくる。
あの頃のしーちゃんは、よく隣の席で挙動不審してたっけ。
そんな事を思っていると、さっきまでご機嫌だったしーちゃんは、何故か膝の上でぎゅっと握り拳を作ってプルプルと震えていた。
「ど、どうした?」
「――何故この席がたっくんじゃないのか、その謎と向き合ってます」
「いや、それ言うとこの席の人に悪いっていうか……」
「たっくん!!」
「は、はいっ!!」
「それはそうっ!ごめんなさいっ!」
別に嫌なわけじゃないです!と頭を下げるしーちゃん。
そんな、何だか俺が来てからずっとハイテンションなしーちゃんに、俺のみならずクラスのみんなもクスクスと笑ってしまっていた。
「じゃ、そろそろ次の授業始まるから、そろそろ行こうかな」
「えっ!行っちゃうの!?」
「うん、まぁその――また来るから」
そろそろ本当に戻らないとだけど、何だか席を立ちづらくなった俺はそうフォローをしておいた。
するとしーちゃんは、悲し気な顔から一気に満面の笑みに切り替わる。
「うん!分かった!絶対ねっ!」
「分かったよ」
頷いたしーちゃんは、満足したのかニッコリと微笑みながら手を振って見送ってくれた。
こうして俺は、この一時で見事に喜怒哀楽を一回転させたしーちゃん見送られながら、自分の教室へと戻ったのであった。
◇
「おかえり、どうだった?」
席に戻ると、興味深そうに清水さんが話しかけてくる。
だから俺は、思ったままの感想を伝える事にした。
「――うん、なんか色々凄かったかな」
「あぁ……成る程ね……」
それ以上でもそれ以下でもない俺のその一言に、清水さんは何か感じ取ってくれたのだろう。
うんうんと頷きながら、何か納得したように笑っているのであった。
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