190話「ジェスチャーゲーム」

 授業中。


 何やら視線を感じた俺は、辺りをキョロキョロと様子を伺う。

 しかし誰もこっちを見て来てはおらず、気のせいだったかなと思いつつ何気なく窓の外へと視線を向ける。

 すると外では体育の授業を行う女子達の姿があり、その中にはしーちゃんの姿もあった。


 そうか、隣のクラスは体育の授業中かとぼんやり思っていると、その中でしーちゃんは明らかにこっちをじっと見て来ていた。

 つまりさっき感じた視線は、きっとしーちゃんのものだったのだろう。


 一体何事かと思いながら見ていると、しーちゃんも俺がそっちを向いている事に気付いたのだろう。

 嬉しそうに大きく両手を振ってくるので、俺も手を振り返す。

 するとしーちゃんはそれが嬉しかったのか、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでくれていた。


 ――なんだあれ、可愛すぎんか


 遠巻きに飛び跳ねるしーちゃんは、ただただ可愛い生物だった。

 というか、俺が手を振って国民的アイドルが大喜びするってどう考えてもやってる事が逆である。

 そんな無邪気なしーちゃんを前に、俺は授業中だというのに和んでしまう。


 そしてしーちゃんは何を思い立ったのか、突然片手を上に挙げると、もう片方の手を横にピンと伸ばした。


 ――なんだ、Lかな?


 そして次に、両手で頭の上に大きな丸を作る。


 ――うん、Oだね


 突如として始まったジェスチャーゲーム。

 しかし、LからOとくれば、しーちゃんが何を一生懸命俺に伝えようとしているか大体予想がついた。


 ――でもしーちゃん、それだと最後に難関が待ち受けてるけどどうするのかな


 そう、もし俺の思っている英単語を身体で表そうとしているのなら、最後に難関が待ち受けているのだ。

 そんな事を思いつつ見守っていると、その事には全く気付いていない様子のしーちゃんは、今度は意気揚々と両手を広げてVを作る。


 ――うんうん、Vだね分かるよ


 そして最後のアルファベットに差し掛かったところで、しーちゃんはVの字をしたまま動きがピタリと止まる。

 ようやくしーちゃんも、最後のアルファベッドの難しさに気付いた様子だった。


 それから悩んだ様子しーちゃんは、恐る恐る両手を同じ方向にピンと伸ばすと、そっと片足を伸ばして何とかEを作ろうとする。


 しかし、それをEと呼ぶには流石に無理があるなと思った俺は、厳しめのジャッジを下す。


 ――ダメです


 なんだか面白いから、俺は両手でバッテンを作りそれをEだとは認めないでおいた。

 するとしーちゃんは、ショックを受けたような分かりやすいリアクションをすると、それから悩むように頭を抱えてしまう。


 そして何か思いついたのか、自分のお腹を両手で摩りながら何かを必死でアピールしてくるのであった。


 ――お腹?なんだろ、痛いのかな……あっ


 そこで俺は、しーちゃんが何をアピールしてるのかピコンと閃いてしまった。

 だから俺は、思わず笑ってしまいながらも今度は両手でマルを作って合格をお知らせする。


 ――成る程、胃でEってことね


 そんな、急な一休さんばりのトンチを駆使して愛を伝えてきたしーちゃんは、俺のマルを見て嬉しそうにまた飛び跳ねると、手を振りながら体育の授業へと戻って行った。


 本当に、クラスが別々になってもしーちゃんはしーちゃんだし、底抜けに面白可愛かった。



「ねぇ、さっきから何やってるの?」


 そんな俺としーちゃんのジェスチャーゲームが終わったところで、隣の席の清水さんも外に目を向けながら話しかけてきた。


「いや、ちょっとしーちゃんとね」

「あぁ……成る程ね……」


 外にしーちゃんがいる事に気付いた清水さんは、何か納得したように笑っているのであった。



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