番外編5話「恋愛」
大会一日目は、無事勝利で終わった帰り道。
紫音ちゃんの事もあり、人気を避けるため少し離れた河川敷を四人で歩いて帰宅するわたし達。
今日の山本くんは、本当にカッコよかった。
そんな余韻に浸りつつ、その本人が今一緒にいる状況にわたしはドキドキしてしまっていた。
――この想い、伝えなきゃ
そんなわたしは、もう山本くんを見ているだけで、山本くんに対する気持ちがどんどん大きくなっていくのであった。
「あ、そうだたっくん!せっかくこの街に来たんだから、わたしどうしても行きたいお店があるの思い出した!良かったら、一緒に行かない?」
すると突然、紫音ちゃんがそんな事を言い出した。
行きたいお店?と思い振り返ると、一条くんの服の裾を摘まみながら立ち止まった紫音ちゃんは、こちらに向かってウインクをしてきた。
つまりこれは、きっと本当に行きたいお店があるわけでなく、わたし達に気を利かせてくれているという事だろう。
その事に気付いたわたしは、そんな心遣いが嬉しかった以上に、一気に緊張してきてしまう。
「え、お前らどっか行くのか?」
「お、おう、でも孝之は疲れてるだろ?だから今日は真っ直ぐ帰った方がいい」
一緒に行こうとする山本くんを、一条くんはさり気無く遠ざける。
そんな一条くんの言葉を意外とすんなり聞き入れた山本くんは、それからわたしの方に向き直る。
「清水さんは、その……良かったら、近くの駅まで一緒に帰らないか?」
そして山本くんは、二人とは別に一緒に帰らないかとわたしの事を誘ってくれた。
そのお誘いは、飛び上がりたく成る程嬉しかった。
けれど同時に、緊張でどうしたらいいのか分からなくなってしまったわたしは、何とかコクコクと頷くことで精一杯だった。
「じゃ、じゃあ、帰ろうか」
「う、うん」
こうしてわたしは、紫音ちゃん達と別れて山本くんと二人で帰宅する事となった――。
◇
二人、並んで河川敷を歩く。
けれどお互い緊張のせいか、暫く会話は無かった。
「――えっと、今日は応援に来てくれてありがとう」
「え?あ、うん」
「何て言うか、その――来てくれて嬉しかった」
意を決したように、山本くんから話しかけてくれた。
しかし、嬉しかったなんて言われると思っていなかったわたしは、その言葉に驚いて思わず山本くんの方を振り向いてしまう。
そして振り向くとそこには、顔を赤くしながら前だけを向く山本くんの横顔があった。
「――うん、今日の山本くん、カッコよかったよ」
「か、かっこよかった!?」
「えっと、うん――」
嬉しさからだろうか、何だか感情が込み上げてきたわたしは、思わず本音を口にしてしまう。
すると今度は山本くんの方が、顔を真っ赤にしながら驚いていた。
「――その、清水さん。ちょっといいかな」
そして山本くんは、そう言って立ち止まる。
何だろうと思いながら、一緒に立ち止まったわたしは山本くんと向かい合う。
すると山本くんは、突然ガバッとその頭を下げる。
そして、
「清水さん!!実はずっと大好きでしたっ!!良かったら俺と、付き合って下さい!!」
何かと思えば、それはまさかの山本くんからの告白だった。
突然の告白に驚いたわたしは、思考が完全に停止してしまう。
本当はこれから、わたしの方から気持ちを伝えるつもりだったのだ。
けれど、確かに今目の前では、大好きな山本くんがわたしに向かってその手を差し出してくれていた。
――夢じゃない、よね
ずっと想っていた相手からの、まさかの告白。
わたしはこれまで、何度も男の子から告白された事はあった。
けれど、その全てを断り続けていたわたしは、いつしか告白をされる事自体にトラウマを抱くようになっていた。
――でも、違った。
好きな相手からの告白は、嫌どころかこんなにも嬉しいし、舞い上がってしまうものなんだ――。
だからわたしは、差し出されたその手をそっと握った。
そして一言、
「――よろしく、お願いします」
わたしがそう伝えると、顔を上げた山本くんは満面の笑みを浮かべていた。
その笑顔は本当に嬉しそうで、思わずわたしもつられて笑ってしまう。
「――じゃあ、なんつーか、その――帰ろうか」
「――うん」
そして私たちは、改めて互いの手を握り合うと、再び一緒に駅へと向かって歩き出す。
――わたし、本当に山本くんの彼女になれたんだよね
繋ぎ合った手から伝わる温もりが、そう私に実感させてくれる。
振り向くと、嬉しそうに隣を歩く山本くんの姿があった。
「ん?どうした?」
「ううん、なんでもないよ」
わたしの視線に気付いた山本くんが、少し恥ずかしそうに微笑む。
だからわたしも、嬉しくなってやっぱり一緒に微笑み合う。
――夢じゃ、ないんだ
こうして大会の帰り道、わたし達は付き合う事になったのでした。
◇
「ごめん、遅れた」
「もう、遅いよ孝くん!」
いつもの駅での待ち合わせ、寝坊した孝くんは15分も遅刻してやってきた。
おかげで始業時間までギリギリである。
だからわたし達は、いつもより早歩きで駅から学校へと向かう。
「もう、昨日夜更かしでもしたの?」
「ん?桜子の事考えてたら、寝れなくなっちゃってさ」
「もう、そういうのはいいからちゃんとしてよ!急ごっ!」
歩きながらわたしは、孝くんに遅れた理由を聞いてみる。
すると遅刻スレスレだと言うのに、いつもの調子でお道化る孝くん。
だからわたしは、そんな孝くんを軽くあしらいつつ学校へ急いだ。
そして、何とかギリギリ間に合ったわたし達は、少し上がった息を整えつつ上履きへと履き替える。
「悪かったな、俺が遅れたせいで急がせちゃって」
「ううん、間に合ったしもういいよ」
「そうか、ありがとう。本当はさ、遅れた理由は一応あるんだ」
教室へと向かって歩きながら、孝くんはそんな言葉を口にする。
その理由が気になったわたしは、何だろうと次の言葉を待った。
「今日で俺達が付き合って、丁度半年だからさ。何て言うか、身嗜みを整えるのについ時間がかかっちゃってさ――」
恥ずかしそうに、遅れた理由を打ち明ける孝くん。
そんな孝くんに、わたしは思わず笑ってしまう。
「もう、じゃあせっかくセットしてきた髪も、急いで来たから台無しだね」
成る程、今朝身嗜みを整えるのに時間がかかってしまったと。
でも、急いで学校へと向かってきたせいで、そのせっかくいつもより時間をかけてセットしてきたであろう髪型は風で乱れてしまっていた。
そんな孝くんが可愛らしくて、わたしはやっぱり笑ってしまう。
そして孝くんはというと、わたしのツッコミでようやく自分の髪が乱れてしまっている事に気付くと、慌てて手でセットし直すが中々直らない。
――別に、普段通りでも十分カッコいいから大丈夫だよ
そんな孝くんを見ながら、わたしは心の中でそう伝えた。
でもきっとこれを言葉にしたら、また調子に乗っちゃうから言ってはあげない。
「よし、無理だ!髪は諦めた!でもな、桜子」
「な、なに?」
「今日の放課後、連れて行きたいところがあるんだ。空いてるだろ?」
「う、うん。空いてるよ……」
「よし、じゃあ決まりな!放課後はデートしようなっ!」
そのタイミングで、丁度教室へと到着したわたし達。
キッパリ髪を諦めた孝くんは、そう言って二ッと微笑むと優しくわたしの肩を一度ポンと叩いた。
そしてそのまま、一条くんと挨拶を交わし会話を始めてしまう。
「おはよう、さくちゃん」
「あ、うん。おはよう紫音ちゃん」
「ん?どうかした?」
「ううん、なんでもないよ。ただね――」
「ただ?」
「――幸せだなって思って」
そう言ってわたしが微笑むと、紫音ちゃんも「そっか」と一緒に笑ってくれた。
それからわたし達は、楽しそうに会話をする孝くんと一条くんの姿を一緒に見つめていた。
孝くんと付き合って、もう半年。
でもわたしとしては、まだ半年という思いの方が強かった。
かっこよくて、優しくて、男らしくて、わたしには勿体無いと思える彼氏。
でも時に、おっちょこちょいでお調子者で子供っぽさもあって、その見た目に反して実は可愛いところも沢山ある孝くん。
そんな孝くんと過ごす時間は、本当に楽しくていつも幸せで溢れているのであった――。
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