番外編4話「試合、そして――」

 ――わたしは、山本くんの事が好きだ


 完全に自分の気持ちを自覚してしまったわたしは、ある日山本くんの親友である一条くんにその事を告げると共に、協力して貰えないかお願いする事にした。

 その結果、何故か居合わせた紫音ちゃんに見つかってしまい、結果二人に協力して貰う事となったわたしは、山本くんの出る部活の大会へ応援に行く事となった。


 そして、大会当日。

 わたしはいつもより早起きしてお弁当を作ると、この日のために買っておいた服を着て家を出た。


 駅で紫音ちゃんと一条くんと合流したわたしは、大会の会場となっている高校へと電車で向かう。

 そして会場となる高校へと到着すると、離れていても体育館の方から声援が聞こえてきた。



「おう!来てくれたんだな!」


 体育館へと向かうと、わたし達に気付いた山本くんの方から声をかけてくれた。

 山本くんは当然バスケのユニフォームを着ており、そんないつもと違う山本くんの姿にわたしは思わず見惚れてしまう。


 ――カッコイイなぁ


 もう全然慣れていたつもりなのに、そんないつもと違う山本くんの姿にドキドキしてしまい、上手く顔が見られない。

 けれど、ここで黙っていては遥々応援に来た意味が無かった。



「が、頑張ってね山本くん……」

「お、おう……ありがとう……頑張るよ……」


 だからわたしは、何とか振り絞って話しかけてみたが、上手く喋れなかった。

 そんなわたしに引きずられてか、山本くんまで歯切れが悪くなってしまっていた。



「じゃ、じゃあハーフタイムのアップあるから行ってくる!」


 そして山本くんは、照れ隠しをするようにそう言って体育館の中へと戻っていってしまった。


 ――ちゃんとしろ、わたし!


 早速失敗してしまった。

 でも、そんな事でへこんでいる場合じゃないと、まずは試合を頑張る山本くんを一生懸命応援する事に集中する事にした。



 ◇



 そして、ついに試合が始まる。


 一年生ながらレギュラーを勝ち取っている山本くんは、背が高いせいか三年生の先輩よりも何だか貫禄が感じられた。

 でもそれは、見た目だけじゃなかった。

 試合の中でも、山本くんのプレーは周囲のレベルより明らかに飛び向けていて、まさに独壇場という感じだった。


 そして初戦は、113対63の圧勝だった。

 途中から控えメンバーに交代したにも関わらず大差での勝利に、わたしは柄にも無く大喜びしてしまった。


 それからお昼休み。

 チームの輪から抜けて来てくれた山本くん交えて、わたしの作ってきたお弁当をみんなで食べる事になった。


 紫音ちゃんも一条くんも、無事初戦勝利した山本くんに口々に賞賛の言葉をかけていた。

 だからわたしも、ちゃんとおめでとうを言わないとなと思って、勇気を振り絞って口を開いた。



「山本くん……あの、その……格好良かった、よ……?」

「あ、そ、そうかな……ハハ、清水さんに言われるのが一番嬉しい、かな」


 しかし、おめでとうを言うつもりが全然違う言葉を口走ってしまう。

 それでも山本くんは、そんなわたしに一番嬉しいと言ってくれた。


 それが嬉しかったわたしは、思わず山本くんの顔を見つめてしまう。

 そして、山本くんとわたしの視線が交わり合う。


 ――ああ、やっぱりカッコいいな


 このまま時間が止まっちゃえばいいのにと思った。

 そう願ってしまう程、やっぱり自分の中で山本くんに対する感情は膨らむ一方な事を自覚したのであった。



 ◇



 お弁当を食べ終えたわたし達は、再び体育館へ向かう。



「あれ?清水さん?」


 突然声をかけられたわたしは、驚いて振り返る。

 するとそこには、同じ中学だった渡辺くんがいた。



「あ、こちら同じ中学だった渡辺くん……です」

「どうも、清水さんと同じ中学だった渡辺です。あ、そうか次の試合、清水さんの高校と当たるんだったね宜しく」


 突然の同級生に驚いてしまう自分。

 しかし、ここで黙っているわけにもいかないため、とりあえず中学の同級生という事実だけみんなに伝える。

 でも渡辺くんは、グイグイと勝手にわたし達の輪へと割り込んでくる。



「それで?渡辺くんは俺達に何か用なのかな?」

「ん?いや、用っていうか、久々に再会した清水さんと少し話したいなって思っただけだよ」


 そんな渡辺くんに、話をまとめようとしてくれる山本くん。

 しかし渡辺くんは、そんな山本くんに対して勝手な事を口にする。


 ――わたしは、別に渡辺くんと話したくなんてない



「だから清水さん、次の試合勝ったらちょっと話をしようよ」

「――ッ!!わ、私は!!」


 尚も勝手に話を進める渡辺くんに、わたしは抗議しようと口を開いた。

 けれど、上手く言葉にならない。

 中学の同級生という事もあり、抱えていたトラウマがこんな最悪なタイミングでぶり返してしまったのだ。


 ――怖い、山本くんに誤解されたくない


 色んな負の感情が心の中を渦巻いてしまう。

 けれど、そんな弱いわたしを安心させるかのように、山本くんはわたしの肩を一度ポンと叩くと、優しく微笑んでくれた。



「そうか、じゃあうちも負けるつもりは無いから、その話は無しだな」

「ふーん、そう。楽しみにしてるよ。じゃあまた試合で」


 そして山本くんは、全く気になどしていない様子でそう言葉を返してくれた。

 言われた渡辺くんはというと、一瞬眉をピクッとさせたが、相手にしない感じで返事をするとそのまま立ち去ってくれた。



「悪いな、せっかく楽しかったのに空気悪くさせちまった」

「そ、そんな!渡辺くんが私と同じ中学だったせいで山本くんに!わ、わたし渡辺くんとなんて話すつもりないよ!?」


 悪いのははっきりと断れなかったわたしなのに、何故か謝る山本くん。

 だから、山本くんに誤解されたくないと思ったわたしは、必死に自分の気持ちを言葉にしようとする。


 しかし、山本くんはそんな慌てるわたしの頭にそっと手を置くと、優しく撫でてくれた。



「大丈夫、絶対負けないから見ててくれ」


 そして、優しく微笑みながら一言だけ伝えてくれた。

 その一言のおかげで、わたしの中で渦巻いていた感情がすっと引いていくのが分かった。


 自分の頬をバシッと叩いて気合を入れた山本くんは、「よし、じゃあ行ってくるわ」とチームの元へと向かっていった。


 ――負けないで、山本くん


 去っていく山本くんの背中を見つめながら、わたしは心の中で必死にエールを送り続けた。




 ◇




 そして、ついに第二試合が始まった。

 第二試合、つまりは渡辺くんが所属する強豪校との戦いだった。


 全体的にうちの高校より背の高い相手は、素人目で見てもプレーも上手だった。

 そのあまりのレベル差に、チーム内にも嫌な空気が流れていた。


 公立高校のうちと、バスケで推薦を取っている私立高校。

 そんな相手に勝てるわけがないと、早々に諦めの空気が漂い始めていた――。



「ドンマイです!一本ずつ返しましょう!」


 しかし、その中でも一人だけ諦めない人がいた――山本くんだった。


 山本くんは先輩達を元気付けるように声をかけると、オフェンスに切り替える。

 そんな山本くんに引っ張られるように、他の先輩達も活気を取り戻していく。


 そして、それからの山本くんは、本当に凄いの一言だった。


 明らかに格上だと思われた相手だけど、プレーで上回る山本くんは得点を量産していく。

 そして山本くんへのマークがキツくなれば、空いた他のメンバーが得点し、それをケアすればまた山本くんの独壇場が始まる。


 そんな、一年生ながらこのゲームを完全に支配する山本くんは、本当に凄まじかった。

 いつもの朗らかな感じとは異なり、試合に集中する山本くんの姿はいつも以上に大きく感じられた。


 それはきっと対戦相手も同じようで、本来格上のチームにも関わらず、そんな山本くんを前に完全に気圧され焦っているのが分かった。


 そして相手は、堪らずメンバー交代をするとついに渡辺くんがコートに出てきた。

 渡辺くんの役割は、そんな山本くんから離れずディフェンスする事だった。


 しかし、交代したばかりでまだ疲れていない渡辺くんでも、山本くんを止める事は出来なかった。



「まさか、うち相手にここまでやってくれるとはね」

「言ったろ?負けないって」


 そんな二人の会話が聞こえてくる。

 試合前とは打って変わって、余裕の山本くんと焦る渡辺くん。

 その様子に、わたしは何だかスッキリとした気分になった。


 それからも山本くんの快進撃は止まらず、これまで試合フル出場にも関わらず疲れを見せない山本くんの活躍のおかげで、ついに試合は一点差のギリギリの戦いにまでもつれ込んだ。


 そして最後は、そんな山本くんの大胆な3Pシュートが決まってゲームセットとなった。



 一斉に湧き上がる会場内。

 泣きながらバシバシと活躍を称える先輩達に囲まれながら、山本くんも嬉しそうに笑っていた。


 そんな美しい光景に、わたしはじっと見惚れていた。

 最初は絶対に無理だと思えたこの試合だけど、山本くんだけは一人諦めなかった。

 それから試合で一番の活躍を見せると、見事勝利をもぎ取った山本くんの姿が脳裏に何度も蘇る。


 ――こんなの、ずるいよ


 心の奥底から、温かい感情がどんどん湧き上がってくるのを感じた。


 すると、隣で一緒に試合を見ていた紫音ちゃんも感動した様子で、小声でそっと話しかけてくる。


「凄かったね」

「うん、凄かった」

「――わたし、ちょっと行ってくるね」

「え?」


 行くってどこに?と疑問に思っていると、すっと立ち上がった紫音ちゃんはかけていたサングラスを外してバスケ部のみんなの元へと向かった。



「山本くんに皆さんも、やりましたねっ!おめでとうございます!」


 そして、見事勝利したみんなに賞賛の言葉を送る紫音ちゃん。

 しかし、突如姿を現したトップアイドルに、当然会場に居合わせた全員が驚いてざわつき出してしまう。


 それは悔しがっていた渡辺くんも同じで、突然現れた紫音ちゃんの姿に目を丸くして驚いていた。


 でも当の紫音ちゃんはというと、何事も無かったかのようにまたわたしの隣に座った。

 しかし、当然もう周囲の視線はこちらへと集まっており、それは渡辺くんも例外では無かった。

 渡辺くんは慌ててこちらへやってくると、話しかけてくる。


「え?し、清水さん、しおりんと知り合いなの!?」

「さくちゃんは、私の友達だよ?」


 渡辺くんの言葉に、わたしが口を開くより先に紫音ちゃんはニッコリと微笑みながら返事をする。



「え、そ、そうなんだ!お、俺ずっとエンジェルガールズのファンで、清水さんとは中学の時の同級生で、その!」

「そうなんですね」


 あろう事か、わたしではなく紫音ちゃんにアピールをし出す渡辺くん。

 しかし、それでも紫音ちゃんは変わらずアイドルスマイルを浮かべていた。



「あ、あの!俺――」

「んー、でもわたしは、山本くんも大事な友達なんだ。だから君、さっきさくちゃんと山本くんに変な事言ってたでしょ?」

「あ、いや、それは……」

「わたしは、わたしの大切な友達の気持ちを考えられない人は、ちょっと苦手かなっ」


 しかし、紫音ちゃんがそんな渡辺くんを受け入れるはずが無かった。

 最後はバッサリ拒絶すると、わたしの手を取って立ち上がる。


 そしてそのまま、わたしを連れて人気を避けるため体育館の裏へと避難してきた。



「ごめんね、でしゃばっちゃったかな」

「ううん、そんなことないよ。――正直、さっきのはスカッとしたかも」

「アハハ、なら良かった。わたし許せなかったんだ」

「許せなかった?」

「うん、大切な友達の山本くんが馬鹿にされた事がね。だから、ちょっと意地悪しちゃった」


 悪戯成功というように、ニッと微笑む紫音ちゃん。

 しかしその悪戯は、絶対に紫音ちゃんにしか無理な芸当だった。

 つまりは、自分の存在価値をよく理解している紫音ちゃんは、きっとこうなる事が分かってて敢えて姿を晒したという事だろう。



「でも、これからどうしよっか」

「え?考えてなかったの?」

「うん、つい出来心で――」


 舌をペロッと出して、ごめんねとお道化る紫音ちゃん。

 そんな紫音ちゃんに、思わずわたしは笑ってしまう。



「とりあえず、一条くんが探してるんじゃないかな?」

「あっ――」


 わたしの言葉でようやく気が付いた様子の紫音ちゃんは、青ざめながら慌てて一条くんにLimeでメッセージを送っていた。


 そんな、普段はとにかく凄くて頼りになるけれど、時にこうして天然で挙動不審になってしまう紫音ちゃんの事が、わたしは山本くんと同じぐらい大好きなのであった。




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