番外編3話「自覚」
高校へ入学して、初めての課外授業がやってきた。
一年生は遠足とのことで、男女それぞれ二人組を作り、その後男女二人ずつの四人で一つの班を作る事となった。
――どうしよう
そんな班決めシステムに、クラスにようやく慣れてきたものの、一緒に班を組める程仲の良い相手のいないわたしはどうしていいのか分からずにじっとするしか無かった。
――いるとすれば、紫音ちゃんだけど
そう思い後ろを振り返ると、既に紫音ちゃんは同じ班になりたがる女の子達に囲まれてしまっていた。
これは無理そうだなと諦めたわたしは、仕方ないから残った子と班を組もうとこの気まずい時間が過ぎ去るのをじっと待つ事にした。
「みんな誘ってくれてありがとう!でもごめんね、私もう班は決まってるんだ」
しかし、背後からそんな声が聞こえてくる。
紫音ちゃんの声だった。
どういう事だろうと思ったわたしは、ついその声に釣られて後ろを振り向く。
すると、そんな紫音ちゃんとバッチリ視線が合ってしまう。
「清水さん、いいよね?」
そして紫音ちゃんは、ニッコリと微笑みながらそう言ってきた。
この状況、このタイミングでいいよねって、遠足の班決めの事で間違いないよね――。
もし勘違いだったらどうしようという不安を抱きつつも、それでも本当に紫音ちゃんと同じ班になれたらそんなに嬉しい事は無いと思った私は、勇気を出して返事をする。
「うん、宜しくね」
何とかそれだけ返事をすると、紫音ちゃんは満足そうに頷いてくれた。
こうしてわたしは、紫音ちゃんと同じ遠足の班となる事ができたのであった。
今思えば、この時紫音ちゃんがわたしを誘ってくれなかったら、きっと今の自分は無かったと思う。
◇
わたしは誘われたまま、紫音ちゃんの元へと移動する。
しかし、紫音ちゃんと同じ班になりたかった子達から向けられる、恨めしそうな視線が痛かった。
けれどわたしは、それでも嬉しさの方が勝っていた。
席替えをして暫く、あまり紫音ちゃんと接する事の無くなっていたわたしは、こうしてまた紫音ちゃんの近くに居られる事が素直に嬉しかった。
でも、まだ問題は残っていた。
こうして紫音ちゃんと同じ班になれたものの、次は男の子と班を組まなければならないのだ。
紫音ちゃんの班が決まった事で、今度はクラスの男子達がこっちを見てきている事が分かった。
そんな状況を前に、わたしは中学の時のトラウマがぶり返してくる。
――どうしよう
戸惑ったわたしは、紫音ちゃんに助けを求めるしか無かった。
しかし紫音ちゃんは、そんな周囲の様子なんて気にする素振りは一切見せず、どうやら隣の会話に聞き耳を立てているようだった。
その様子は本当に必死そのもので、どうしても気になるのか隣をチラチラ見てしまっている紫音ちゃんはもう完全に挙動不審そのものだった。
そんな分かりやすすぎる紫音ちゃんを見ていると、何だか気が抜けて来て感じていたトラウマも段々と薄まっていく。
「……あの、三枝さん?良かったら一緒に班組みませんか?」
「いいの!?宜しくね!!」
そして、そんなチラ見する紫音ちゃんに耐え兼ねた様子で誘う一条くんに、紫音ちゃんは二つ返事でオッケーしてしまった。
こうして、あっという間に班が決まってしまったわたしは、慌てて宜しくお願いしますと頭を下げた。
「おう、こちらこそ宜しく!よし、じゃあこの四人で班決定だな!」
そんなわたしに向かって、一条くんと同じペアだった山本くんは笑って受け入れてくれた。
――そっか、わたし山本くんと同じ班なんだ
そこでようやくわたしは、山本くんと同じ班になった事に気付いたのであった――。
◇
紫音ちゃん達と一緒に行った遠足は、結果としてとても楽しむ事ができた。
ハイキングの最中山本くんと色々お話したのだけれど、やっぱり山本くんはわたしに対して普通に接してくれたのが嬉しかった。
昔からの友達のように接してくれたおかげで、最初は緊張していたわたしも遠足を楽しむことができたのだ。
そしてもう一つ、そんな山本くんの提案で遠足のあとは初めてのカラオケを楽しむ事まで出来た。
学校帰りに遊びに出掛けるなんて経験の無かったわたしにとって、その時間はとても有意義なものになっていた。
なんと言っても、紫音ちゃんと知り合ってから覚えたエンジェルガールズの歌を、まさかの本人とデュエットまで出来た事は本当に嬉しかった。
それもこれも、かつてのわたしだったら絶対に考えられない事だった。
けれど、楽しかった。遠足からカラオケまで、本当に楽しかったのだ。
こうしてそれからのわたしは、遠足をキッカケに紫音ちゃん、それから山本くんや一条くん達と行動を共にするようになっていた。
そんな日々が続いていく中で、わたしは自分でも本当に変わっていったと思う。
そしてその変化は、性格や振舞いだけでなく、気持ちの中でも一つの大きな変化が起きている事を自覚する。
その変化は日を増すごとに膨れ上がっていき、もうこれ以上は抑えられないと思ったわたしは、ある日のテスト終わりついに行動を起こす事にしたのであった――。
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