番外編2話「気付き」

 入学して、数日が経った。


 最初は誰も知り合いもいないし、不安でいっぱいだった高校生活。

 それでも、たまたま席が前後になった紫音ちゃんのおかげで、わたしは孤独を感じずに学校生活を送る事が出来ていた。


 この間まで国民的アイドルだった紫音ちゃんは、わたしと同じくクラスに誰も知り合いがいない仲間だった。

 それでも、わたしと違って紫音ちゃんは初日から多くの人に取り囲まれており、あっという間にクラスの中心になっていた。

 それは、紫音ちゃんが有名人だったからと言えばそれまでかもしれないけれど、それだけじゃなかった。

 だってそもそも、有名人になれた事自体が、紫音ちゃんの努力や才能や人柄があってのものだから。


 だからわたしとは全然違う、みんなの憧れであり高嶺の花。

 それこそが三枝紫音という特別な存在だった。


 そんな紫音ちゃんの後ろの席になって、わたしはいくつか気付いた事がある。


 一つは、紫音ちゃんが目の前にいてくれているおかげで自分が目立たずに済んでいるということ。

 紫音ちゃんという太陽の陰にすっぽりと隠れたわたしは、中学の頃のように周りから注目を浴びる事が無くなっている事に内心ほっとしていた。


 そして二つ目は、紫音ちゃんはとても対人コミュニケーション能力に長けているということ。

 誰とでも分け隔てなく、常に天使のような笑みを浮かべながら会話をする彼女は、本当に天使そのものに思えた。

 だからわたしは、そんな紫音ちゃんの身の振り方を観察しながら、人との接し方をこっそり勉強するようになっていた。


 ――そっか、こうやって人と上手く接しておけば良かったんだな


 上手に人との距離をコントロール出来ている彼女を見ていると、中学時代の自分に足りていなかったものに気付かされる。

 あの頃のわたしは、自分は何もしていないのにこんなにも居辛くなっているのは環境のせいだとばかり思っていた。


 けれど、きっとそれだけじゃなかったんだ――。

 もしわたしが、紫音ちゃんのように上手に周囲の人達と接することが出来ていたら、きっとあんなことにはならなかったかもしれない。


 でも、わたしはただ周囲から距離を置く事しか考えて来なかった――。

 だから、いつも可憐に微笑みながら、楽しそうにみんなと会話を楽しむ紫音ちゃんの姿を見ていると、自分の愛想の悪さを嫌でも思い知る事が出来たのであった。



 そして最後に、もう一つ気が付いた事がある。

 これはわたしではなく、紫音ちゃんのこと。


 まだ正直憶測の域を出ないのだけれど、そんな完璧にも思える紫音ちゃんでも時折少し様子がおかしい時があるのだ。


 それは何かと言うと、授業中彼女は黒板を見ているように見せかけて、しばしばぼーっとしながら一点を見つめている時があるのだ。

 その事に気付いたわたしは、後ろからその視線の先を追ってみる事にした。

 するとその視線は、どうやら窓際の席に座る一人の男の子に向けられている事が分かった。


 最初は何だろうなぐらいにしか思わなかった。

 けれど紫音ちゃんは、一度や二度ならまだしも、結構な頻度でぼーっと彼の事を見ているのであった。

 だからこれは、絶対に何かあるんだろうなと思えた。


 きっとこの事は、まだ真後ろの席に座るわたししか気づいていないだろう。

 彼と紫音ちゃんが接する場面も何度か目にしたのだが、そこでも紫音ちゃんは彼を前にする時だけやっぱり様子がおかしかった。


 包み隠しているのだろう、きっと他の人からしたら気付かないような変化。

 それでもわたしの目には、紫音ちゃんから若干の困惑というか焦りみたいなものが伝わってきた。


 普段は完璧に人との距離感をコントロールする彼女が、彼と接する時だけ明らかにおかしい。

 だから、興味本位と言われればその通りだけれど、わたしはその理由を知りたくなってしまった。


 こんな完璧に思えた彼女が、何故こんな風になってしまっているのか気にならないという方が無理な話だった。


 こうしてわたしは、その相手の男の子に対しても少し興味を抱くようになった。

 この完璧とも言える美少女の様子を唯一おかしくさせている彼が、一体どんな人なのか純粋に興味を抱いてしまったのだ。


 けれど、暫く観察してはみたものの、彼に対する印象は普通の男の子でしかなかった。


 仮にもし紫音ちゃんが彼に気があるのだとしたら、正直彼のどこに惹かれたんだろうというのが素直な感想だった。

 別にそれは、彼の容姿や性格に難があるとかそういう訳では断じてない。

 ただ、紫音ちゃんのような特別な存在なら、それこそテレビで見るような有名人の方から寄ってくるレベルだと思えるだけに、やっぱり違和感を感じずにはいられなかったのだ。


だからきっと、それは違うのだろう。


 それこそ、もし本当に紫音ちゃんが恋をしているとするなら、彼より仲良くしている男の子――山本くんの方が合ってるんじゃないかなと思えた。


 筋肉質で背が高くて男らしい、わたしから見ても普通にイケメンだなぁと思える山本くん。

 彼が実はテレビに出ている有名人だと言われても違和感は無く、クラスで唯一紫音ちゃんに釣り合いそうな男の子。

 それがわたしの、山本くんに対する最初の印象だった。


 そして気が付くとわたしは、紫音ちゃんがそっと見つめている男の子――一条くんではなく、どちらかと言うといつも彼と一緒にいる山本くんの方が気になっていた。


 いざ気にして彼の事を見ていると、紫音ちゃん同様に分かった事があった。

 それは、彼は紫音ちゃんと同じく誰とでも分け隔てなく接する事が出来るということ。


 相手が男の子でも女の子でも、朝教室へやってきた彼は誰とでも気さくに挨拶を交わしていた。

 そんな山本くんは、あっという間にクラスの女子達から人気者になっていた。


 女の子は紫音ちゃん、そして男の子は山本くん。

 このクラスでは、誰も言葉にこそしないもののそんな認識が早々に定着しているのであった。


 でもそんな中心人物の山本くんだけれど、普段は一条くんと一緒にいる事が多かった。

 毎朝山本くんは一条くんの席まで行くと、二人で何やら楽しそうに会話をしていた。

 そして朝が弱いのか遅れて教室へやってきた紫音ちゃんは、クラスメイトに囲まれながらもそんな二人の様子をチラチラ伺っているというのが朝のお決まりの光景になっていた。


 そして、そんな三人の様子を後ろから伺うのが日課になっていたわたしは、ある日山本くんとバッチリ視線が合ってしまう。


 ――しまった


 焦ったわたしは、咄嗟に視線を外す。



「おはよう、えっと清水さんだっけ?」

「えっ?あっ、お、おはようございます――」

「あはは、敬語なんて使わなくていいよ、クラスメイトなんだし」

「あ、うん。分かった――」

「さっき俺達の事見てたような――いや、何でもない。じゃな」


 そう言うと、にっと笑って自分の席へと戻っていく山本くん。

 そんな彼に、わたしは何故か異様にドキドキさせられてしまっていた。


 これはきっと、急に話しかけられて驚いたせいだ。

 そう自分を納得させたのだけれど、自分に対してこんなにも普通に話しかけてくれた男の子は初めてだったせいか、未だ戸惑いは収まらない。


 ――なるほど、女子から人気にもなるわけだ


 たった一言交わしただけだというのに、そう納得してしまう自分がいた。


 でも、この時のわたしはまだ、何故そう思ったのかその理由は自分でもよく分かってはいなかった――。


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