番外編

番外編1話「新しい環境」

 彼の事を初めて意識したのは、まだ入学して間もない頃だった――。


 たまたま同じクラスになった彼は、初対面など関係なく誰とでも分け隔てなく笑顔で気さくに接してくれる男の子で、そんな彼は他のみんなと同じようにわたしに対しても平等に笑顔で挨拶をしてくれた。


 きっと彼からしてみれば、ただクラスメイトに挨拶をしてくれただけなんだと思う。

 けれどわたしにとっては、そう接してくれることが新鮮だった。


 今思えば、その時から気になっていたのだと思う。

 だけど、それまで恋愛経験の無かったわたしは、その時はまだこの感情には気付いてはいなかった――。



 ◇



 わたしは小さい頃から引っ込み思案で、その上男の子と接するのがあまり得意じゃなかった。

 だから中学までは、特定の仲の良い子と一緒に過ごす事が多く、極力男の子を遠ざけながらやり過ごすようにしていた。


 それでも、こんなわたしに対して近付いてくる男の子は多く、度々呼び出されては告白されるなんて事も少なくは無かった。

 けれど、わたしには恋愛なんてする余裕も気持ちも全く無くて、告白されては断るということを何度も繰り返していた。

 しかし、中学二年生にあがった頃だろうか、わたしが男の子からの告白を断り続けているという事が周囲に知られるようになると、今度は同性の女の子達からあまり良く思われないようになってしまっていた。


 わたしは何もしていないのに、勝手に呼び出しては告白をしてくる男の子達。

 そしてそれを断ると、今度は女の子達から調子に乗っているとやっかまれる悪循環。


 わたしはただ大人しく過ごしたかっただけなのに、環境がそれを許してはくれなかった。


 だからわたしは、高校からは少し離れた学校へ進学する事に決めていた。

 数少ない友達と離れてしまうのは寂しかったし不安だったけれど、それでも一回リセットしたかったわたしは極力同級生達のいない新しい環境に身を置きたかったのだ。


 そうして、入学してきたこの高校。

 わたしはまず初めに驚かされたことがある。


 それは、同じクラスに超が付くほどの有名人がいたことだった。


 あまりテレビとか流行に明るくないわたしでも知っている程、有名なアイドルグループでセンターをしていた美少女。

 そんな美少女が何故か同じクラスにいると思ったら、なんと彼女は自分の前の席に座っていたのである。



「初めまして、清水さんでいいかな?」

「あ、は、はい。よ、よろしくおねがいします――」


 恐る恐る彼女の後ろにある自分の席へ着くと、前の席の美少女――三枝紫音さんは、テレビで見る時と同じ笑みを浮かべながら、わたしに挨拶をしてきた。

 だからわたしも、慌てて挨拶を返したのだけれど緊張から全然上手く話せなかった。


 すると三枝さんは、そんなわたしを見て面白そうに笑った。

 その笑みを前にわたしは、同性であるというのに思わず見惚れてしまう――。


 ――すっごい、可愛い


 素直にそう思った。

 こんな笑みを前にしたら、もし自分が男の子だったらきっと好意を抱いてしまうんだろうな。

 そう思ってしまう程、彼女は太陽のように眩しい存在に思えた。



「清水さん、可愛いね」


 しかし、そんな彼女から思わぬ言葉を投げかけられた。


 ――わたしが、可愛い?


 何を言っているんだろうと思った。

 可愛いのは貴女であって、わたしじゃない。


 引っ込み思案で、対人コミュニケーションもまともに取れないような人として平均以下のわたしが、こんな太陽のように眩しい女の子からそんな事を言われるなんて思いもしなかった。


 だからわたしは、どう返事をして良いのか分からず戸惑う。


 すると、そんなところも彼女からしてみれば面白かったのか、またコロコロと楽しそうに笑っているのであった。



「あの……えっと……」

「あ、ごめんね悪気はないの。えっと、わたしの名前は三枝紫音って言います」

「えと、はい。し、知ってます……」

「そっか、じゃあせっかくクラスメイトになれたんだし、わたしの事は紫音って呼んで貰えないかな?わたしもえっと、桜子ちゃん――んー、さくちゃんって呼んでいい?」

「え、あの――」

「駄目かな?」

「だ、駄目じゃない、けど――」


 わたしがそう答えると、彼女は満足そうに微笑んでいた。

 そんなグイグイと距離を縮めてくる彼女に、わたしはどうして良いのか分からずまた戸惑った。


 けれどそこには、悪意や嘘なんて微塵も感じられなかった。

 彼女は純粋にわたしと友達になろうとしてくれている事が分かったし、これはきっとわたしの問題なんだと思った。


 中学時代は、いつも周囲からやっかまれていたわたしだから、同性に対する免疫があまりにも無さ過ぎたのだ。

 しかも相手は有名人、高校入学初日のわたしにははっきり言ってキャパオーバーだった。


 けれど、ここで逃げては中学時代の二の前だった。

 それを変えたいからこそ、わざわざこの高校に進学してきた事を思い出したわたしは、勇気を出して口を開いた。



「――えっと、よ、よろしくね、その――紫音、ちゃん――」


 いざ口に出してみると、恥ずかしくってどんどん顔が熱くなっていく。

 けれどそんなわたしに、紫音ちゃんは嬉しそうに微笑んでくれていた。



「うん、宜しくねさくちゃん!」


 そして満面の笑みを浮かべながら、わたしの名前を呼んでくれる紫音ちゃん。

 こうしてわたしは、入学早々お友達と呼べるかもしれない相手ができたのでした。


 しかもその相手は、まさかの有名人。

 同性のわたしから見ても可愛くて美しい、まさに高嶺の花と言える女の子。


 やっぱりキャパオーバーではあるけれど、それでも入学初日不安しか無かったわたしにとって、そんな紫音ちゃんと知り合えた事に喜びを感じずにはいられなかったのでした。


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