186話「終業式」

 ホワイトデーも過ぎ去り、ついに終業式がやってきた。

 つまりは、本日をもって高校一年生でいられるのも最後となる。


 この一年、思い返せば本当に色々あった一年だった。

 まだ右も左も分からない高校生活、何故か国民的アイドルが同じクラスに現れたかと思うと、そんな彼女は俺の隣の席となり、そして実は俺の小学生の頃遊んでいた少女だと分かった時は本当に驚いた。


 そんな有名人でアイドルなしーちゃんだけど、いつも一生懸命で挙動不審な行動も多くて、実はとっても中身は女の子なのであった。

 遊園地で告白して付き合うようになり、そして文化祭では逆告白をされたりと、本当に色々あったなとこれまでの想い出が思い出される。

 正直に言えば、中学までの俺は目立つのがあまり得意なタイプでは無く、常にそういう場面を遠ざけながら生きてきた人間だった。

 けれどしーちゃんと高校で再会してからというもの、DDGやエンジェルガールズといった有名人の人達と話す機会も増え、気が付くとそんな有名人達とも普通に会話出来るようになっている事に我ながら大したもんだよなと感心してしまう。


 まぁそれもこれも、全てはしーちゃんのおかげだった。

 自分には勿体無さ過ぎる彼女のおかげで、俺はこの一年で本当に色々と成長する事が出来たと思う。


 しかし、そんなしーちゃんと同じクラスでいられるのも今日まで。

 四月から二年生に進級する俺達は、また同じクラスになれる保証なんてどこにも無かった。



「じゃあ、みんな良かったらこれからカラオケに打ち上げ行かない?」


 一年生最後のホームルームが終わると、そう健吾がクラスのみんなに提案してきた。

 せっかく同じクラスになれたみんなで、最後に打ち上げをしようと。


 そんな健吾の提案に、二つ返事で賛成する孝之。

 こうしてクラスの引っ張っていく側の人達が次々に参加表明されると、それに引っ張られるように参加者は増えていく。



「たっくんは、どうする?」


 賑わう教室の中、俺の席までやってきたしーちゃんがそう聞いてくる。

 思えば、このクラスになって間もない頃も同じような事があった事を思い出す。


 あの頃は、俺はバイトの予定があったし、そもそもクラスのみんなでカラオケなんてものには否定的な考え方をしていた。

 だから行かないと言うと、隣の席のしーちゃんがぷっくりと膨れながら俺の事を不満そうに見てきたんだっけ。


 そんな以前の記憶を思い出すと、俺は吹き出すように思い出し笑いをしてしまう。

 不満そうに膨れつつも器用に喋るしーちゃんの姿は、今思い出しても面白可愛かった。



「んー?なんで笑うの?」

「いや、ごめんなんでもない。――えっと、しーちゃんは行きたい?」

「うん、行きたいな」

「そっか。じゃあ行こうか」

「本当?やった!」


 俺も行くと言うと、本当に嬉しそうに喜ぶしーちゃん。

 きっとあの時も、俺が行くって言えばこんな風に喜んでくれたのかもなと思うと、ちょっと悪い事したなという気持ちになってくる。


 こうして一年生最後の日、クラスのみんなで打ち上げへ行く事になった。




 ◇



 打ち上げはカラオケ、それからファミレスとハシゴをして楽しむことができた。

 みんな今日で同じクラスでは無くなってしまう事に残念がっていたけれど、二年に上がってもいつでも会えるからと、最後は笑ってまた集まろうと約束して解散となった。


 ちなみにカラオケでは、今回も三木谷さんとしーちゃんの即興エンジェルガールズで大盛り上がりだった。

 制服姿で歌って踊るしーちゃんの姿に、彼氏の俺がいる事なんてお構いなしにクラスの男子達は釘付けになっていた。

 そしてその行き場の無い感情の矛先は俺へと向けられ、絶対幸せにしろよだの何だのみんなにいじられている姿を、しーちゃんは隣で楽しそうに笑っていた。



「あーあ、本当に今日で一年生も終わりなんだね」


 そして帰り道。

 しーちゃんを家まで送るため歩いていると、しーちゃんはそんな言葉を呟く。



「うん、終わっちゃったね」

「二年もたっくんやみんなと一緒のクラスになれたら良いのになぁ」

「――そうだね」


 またみんな同じクラスで――。

 恐らくは叶わない願いである事は分かっているのだろう、少し残念そうな顔を浮かべるしーちゃん。

 それだけしーちゃんにとっても、アイドルではなく普通の女子高生として過ごしたこの一年、きっと充実していたという事だろう。


 だから俺は、二年に上がってどうなるかは分からないけれど、そんな悲しそうな顔をするしーちゃんの手を取って話しかける。



「例えクラスが離れ離れになっても、みんな友達である事には変わりないよ」

「――うん、そうだね」


 俺の言葉に、しーちゃんは微笑みながら頷いた。



「――それじゃあ、たっくんは?」


 そしてしーちゃんは、俺の顔を真っすぐに見つめながら問いかけてくる。

 その質問は言葉足らずではあるが、しーちゃんが何を聞きたいのかぐらい分かった。


 だから俺は、立ち止まって向き合いながらその質問に答える。



「――俺は二年、それから三年――いや、卒業してからもずっとしーちゃんの隣にいたいと思ってるよ」

「卒業してからも?」

「うん、ずっと一緒にいたい」

「でも、もっと他の子と恋愛してみたいとか――」

「しーちゃんとだから、俺は恋してるんだ」


 そう、他の誰でも無い、しーちゃんだからこそ俺はこんなにも恋してるんだ。

 そんな気持ちをはっきりと答えると、嬉しそうに微笑んだしーちゃんのその瞳からは涙が零れ落ちる。



「――嬉しいな。こんなに幸せでいいのかな」

「大丈夫だよ。だってその分、俺もしーちゃんから幸せにして貰ってるから」

「――そっか。じゃあ、おあいこだね」


 微笑み合う二人。

 そしてこれからもずっと離れないというように、お互いにぎゅっと繋ぎ合う手――。


 これから先、一体どんな事が待っているかは分からない。

 けれど、例え何があっても繋いだこの手だけは離さないと強く誓った。



「ねぇたっくん、春休みどうしよっか」

「そうだね、そろそろ春物も欲しいし、久々にケンちゃんのお店にでも行く?」

「いいね!行きたい!」

「じゃあバイトのシフト確認しとくよ」


 そして俺達は、そんなこれからの話をしながら家路についた。


 先の事なんて分からないけれど、まずはこの春休み、しーちゃんと一緒に沢山の想い出を作れるように――。


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