185話「学食とアイドル」
昼休み。
俺は今日もしーちゃん、そして孝之と清水さんの仲良し四人組で昼ご飯を食べるため食堂へと向かう。
しかし、今日はしーちゃんと一緒にうちから学校へ来ているため弁当は持ってきていない。
だから今日の俺は、思えば初めての食堂をしーちゃんと一緒に利用する事にした。
食堂の券売機には既に長い列が出来ているため、俺達はその列の後ろに一緒に並んだのだが、突然現れたしーちゃんの姿に同じく列に並ぶ人達はみんな驚いていた。
もうこの学校へ入学して一年近く経つわけだが、それでも他の学年や他のクラスの人達はまだしーちゃんに対する免疫は当然持ち合わせてなどいない。
彼らからしてみれば、昼休みいつも通り食堂に並んでいたら、突然いつもテレビで見ていたアイドルが一緒に並んできたのだから、そんなリアクションを取ってしまうのも頷けた。
「ねぇ、たっくんはどっちにする?」
しかし当のしーちゃんはというと、そんな周囲の様子なんて全く気になどしていないようで、それよりも今日のAランチとBランチどっちがいいか顎に手を当てながら真剣に悩んでいた。
「Bにしようかな、しーちゃんは?」
「んー、悩ましいけどたっくんがBなら、わたしはAにしようかな」
俺がBと答えると、しーちゃんは悩んでいた割にすんなりAにすると言ってきた。
まぁ恐らくは、俺とシェアする前提なのだろう。
ちなみに今日の学食は、Aランチが豚の生姜焼きで、Bランチが青椒肉絲だった。
確かにしーちゃんじゃないけど、中々甲乙つけ難い絶妙なラインの二択だなと思った。
俺は単純に青椒肉絲食べたい気分だったから即決したが、そうじゃなかったらしーちゃん同様悩んでいたかもしれない。
それは他に列に並ぶみんなも同じようで、この絶妙に甲乙つけ難いラインナップに直前まで悩んでいる人も少なくなかった。
そんなこんなで、無事初めての学食をゲットした俺達は、孝之達が待ついつものテーブルへと向かった。
「どうしたお二人さん、弁当じゃないなんて珍しいじゃん」
「ああ、今日は一緒に来たから弁当ないんだよ」
「えへへ、そうなんだー」
孝之の問いかけに、俺もしーちゃんも何気なしに返事をする。
しかし、何故か孝之、そして清水さんまでも驚いたような表情を浮かべると、そのまま固まってしまっていた。
「え、それってつまり……」
「ああ、うん。昨日うちに泊まってったんだよ」
「ちなみにその前日は、たっくんがわたしの家に泊まりに来てくれてたんだよー。あとあかりんも!」
そんな俺達の返事に、孝之は考え込むように頭を押さえる。
「――すまん、ちょっと情報量が多すぎる」
「いや、情報量ってなんだよ」
「そりゃお前、いくら付き合ってるとはいえ、一晩泊って一緒に学校来るなんて進みすぎだろ」
「ああ、成る程。確かにそう言われるとそうかもな――」
どうやら俺は、完全に感覚がマヒしてしまっていたようだ。
確かに高校生の男女が普通にお互いの家に泊まり合ってるなんて、一年前の俺が聞いたらきっと驚いていたに違いない。
まぁそこに疚しい事なんて一つも無いのだが、確かにあまり周りに言うような事でも無かったかもしれない。
「それに、あかりんも泊まったってなんだよ。たしか昨日夕方の歌番組に生出演してなかったっけ?」
「うん、朝帰って、そのまま収録行ったみたいだよ」
そう言ってしーちゃんは、現役国民的アイドルとのお宝LIME画面を見せてくれた。
画面には本当にあかりんとのやり取りが残されており、それが嘘では無い事を理解した孝之はまた頭を押さえてしまう。
「やっぱ改めてすげぇわ、三枝さん……」
「本当にね……」
それは孝之のみならず、清水さんまでもそんな規格外のしーちゃんの扱いに困ってしまっていた。
そんな二人の様子を見ていると、やっぱり俺の感覚はマヒしてるんだなと実感させられるのであった。
そしてしーちゃんはしーちゃんで、困る二人の様子に小首を傾げながらも、どうしたんだろうと面白そうに微笑んでいるのであった。
◇
昼ご飯を食べ終えた俺達は、いつも通りこのまま昼休みを過ごす事にした。
ちなみに学食は意外と味は悪く無く、これでこの値段なら全然アリというか普通にお得だと思った。
しーちゃんとおかずを交換したおかげで、二つの味を楽しむ事が出来たから尚更だった。
「じゃ、今食べちゃおうかな」
そう言って清水さんが取り出したのは、俺がホワイトデーのお返しに渡したクッキーだった。
元々弁当のあとに食べるつもりだったのだろう清水さんは、改めて「ありがとね!」と言って包みを開ける。
「あ、そうそう!はい三枝さん、俺もホワイトデーのお返し!」
それを見て思い出したとばかりに、孝之もポケットから小包を取り出すとしーちゃんに渡した。
「え?ありがとう」
そんな突然のお返しに驚いたしーちゃんだが、ニッコリと微笑みながら嬉しそうにそれを受け取った。
その笑顔はアイドルモードのそれとは違い、自然な笑みだった。
小包を開けると中にはキャンディーらしきものが入っており、なんていうか孝之が選んだにしては随分女子受けしそうな可愛らしい感じだなと思った。
「わぁ、かわいい!ありがとう!」
「まぁ、正直お返しって何が良いか分からなかったからさ、桜子に選ぶの手伝って貰ったんだけどね」
正直な孝之は、包み隠さずそれが清水さんチョイスな事を打ち明けた。
成る程確かに、それが清水さんチョイスであればこのセンスも頷けた。
「一条くんのクッキーも、良いチョイスだよね」
「え?そうかな、喜んで貰えたなら良かったよ」
そして同じ流れで清水さんが褒めてくれるので、俺はちょっと恥ずかしくなりながらも喜んでくれたのなら良かったとほっと胸を撫でおろした。
しかし、そんなやり取りを不満そうに見てくる人が一人――それは勿論、しーちゃんだった。
さっきまでキャンディーで喜んでいたのに、頬っぺたをぷっくりと膨らませたしーちゃんは目を細めながら不満そうにじーっと俺の事を見てくる。
「――えっと、しーちゃん?」
「さくちゃんはいいなぁ、クッキー貰えてさ」
「え?紫音ちゃん貰って無かったの!?ちょっと一条くん?」
「いや、しーちゃんにはちゃんと昨日渡したよ」
そう、俺は昨日ちゃんとしーちゃんにハーバリウムを渡したし、昨日はあれだけ嬉しそうにしてくれていたじゃないか。
「そうだけど、クッキーは貰ってないもん……」
しかし、それはそれ、これはこれと言わんばかりに不貞腐れるしーちゃん。
だから俺は、そんな不貞腐れるしーちゃんに制服のポケットから取り出したものを手渡す。
「――はい、しーちゃん」
「――え?」
「そう言うと思って、実はちゃんと用意してました」
実は買っておいたクッキーはもう一つあって、それは勿論しーちゃんに渡す用のものだった。
元々この昼休みに渡そうと思っていたのだが、不貞腐れるしーちゃんが可愛くてつい意地悪をしてしまっただけなのだ。
「――あ、ありがと」
こうして俺が差し出したクッキーを、しーちゃんは恥ずかしそうに視線を外しながらも受け取ってくれた。
これが所謂ツンデレかとも思ったけど、こんなのツンの内に入らないよなと思うと少し笑えてきた。
「な、なんで笑うのっ?」
「いや、可愛いなって」
「もう、たっくんのバカ!」
恥ずかしそうに、俺の肩をポンポンと叩いてくるしーちゃん。
しかし、怒っているのにその口角は上がりっぱなしで嬉しさが顔に滲み出てしまっており、やっぱりそれはツンデレとは程遠いのであった。
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