181話「一緒がいい」

 デートから帰宅した俺達は、とりあえずリビングのソファーに座りながらゆっくりする事にした。

 テレビでは生放送の歌番組が丁度放映されており、そこには今朝までここにいたあかりんが歌って踊っている姿が映し出されていた。


 そんなテレビを見ていると、今日会っていた人がたった今テレビの向こう側にいるというのは何とも不思議な感覚だった。

 それでも、テレビの向こう側に映るあかりんの姿は完全にアイドルそのもので、今日も国民的アイドルとして変わらない輝きを放っていた。


 そして同じく国民的アイドルとして名を馳せたしーちゃんはと言うと、隣でプレゼントしたハーバリウムを手にしながら嬉しそうに眺めていた。


 エンジェルガールズのみんなが生放送で歌って踊っている中、しーちゃんだけはとても緩んだ表情でくつろぎながら、ハーバリウムを色んな角度から眺めては嬉しそうに微笑んでいるという落差に、俺は何だか面白くなってつい笑ってしまう。



「ん?何か面白い事あった?」

「いや、今日もしーちゃんが可愛いなって思って」

「なにそれ」


 俺の顔を見ながら楽しそうにコロコロと笑うしーちゃん。

 そんな姿はやはり天使のようで、まるで手にしたハーバリウムの中のカスミソウが擬人化して飛び出してきたかのような可憐さだった。



「じゃあこれ、テレビの横に飾っちゃおうかなー♪」


 そう言ってしーちゃんは立ち上がると、言葉通りテレビの横にプレゼントしたハーバリウムを置いた。

 そしてトコトコと戻ってきたしーちゃんは、何だかワクワクした様子で俺の前に立った。



「ん?どうした?」

「たっくん、足開いて?」

「足?こう?」


 俺は言われたまま座りながら足を開く。

 するとしーちゃんは、俺が足を開いて空いたスペースにそのままぽすっと座ってくる。



「えへへ、特等席♪」


 やっぱり上機嫌なしーちゃんに触れたくなった俺は、後ろからそっと抱きしめた。

 腕の中にすっぽりと収まったしーちゃんはマシュマロのように柔らかく、ずっとこうして居たくなる程心地よかった。



「掴まっちゃった」

「掴まりにきたんじゃなくて?」

「そのとおり!」


 そう言って、俺をそのまま背もたれにしてもたれ掛かってくるしーちゃんの頭を優しく撫でる。

 こうしてくっつき合っているだけでも、ただただ何とも言えない幸せで満ち溢れていくのであった。




 ◇



「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」


 時計を見ると、19時を回っていた。

 まだもう少し一緒に居たい気持ちしか無いけれど、明日は学校だからそろそろ帰らなければならない。


 今日もしーちゃんの作ってくれた肉じゃがは美味しかったし、おかげさまで俺はもう胃も心も完全に満たされていた。



「――もう帰っちゃうの?」

「流石に、もう遅いからね」

「そっか、そうだね――」


 言葉では分かっていても、顔には帰したくないとしっかり書いてあるしーちゃん。

 そんな姿もまたいじらしくて、俺は今日何度目かの頭を優しく撫でてあげる。



「また明日も会えるから、ね?」

「うん――」


 しかしそれでも悲しそうな表情を浮かべるしーちゃんに、俺もちょっと心が痛くなってくる。

 またこの家でしーちゃん一人にさせてしまう事が申し訳なくなってくる。


 だから俺は、思いついた一つの提案をしてみる事にした。



「――じゃあさ、しーちゃん。一緒にうちくる?」

「え?」

「俺は帰らないと制服とか無いけどさ、しーちゃんは今から着替え持って行けば大丈夫でしょ?うちの親なら連絡したらオッケーしてくれると思うし」

「じゃあ、うん――一緒に行きたいな」


 そんな俺の提案に対して、しーちゃんは恥ずかしそうに俺の手を取ると一緒に行きたいと言ってきた。

 それじゃあと親に連絡をしてみたところ二つ返事でオッケーの返事が返ってきたので、今日はこのまましーちゃんも一緒にうちへと帰る事となった。



 ◇



「ただいま」

「お、お邪魔します」


 家に帰った俺は、玄関を開けて少し緊張している様子のしーちゃんを招き入れる。

 いきなりついてきた事を気にしているのだろうか。

 すると、リビングから慌てて父さんと母さんが飛び出してきたかと思うと、二人とも嬉しそうにしーちゃんの事を出迎えてくれた。



「いらっしゃい!紫音ちゃんは一人暮らし大変でしょうし、何時でも遊びに来てくれていいのよ」

「あ、はい!ありがとうございますっ!」


 まるで自分に娘が出来たかのようにしーちゃんを可愛がる母親と、それを隣で満足そうに見守る父親。

 そしてそんなうちの両親に対して、受け入れられている事が嬉しいと言わんばかりに一気に元気になっていくしーちゃん。


 世間では嫁姑問題とかあるらしいけど、もし俺がこのまましーちゃんと結婚してもそういう心配は無さそうだった。



「卓也、お風呂はどうするの?」

「まだだから、あとで入るよ」

「そう、じゃあ用意しておくわね。わたし達がいても気を使うでしょうから、部屋へ行ってらっしゃい」


 そんな母さんの気遣いに有難く乗っかった俺は、そのまましーちゃんを連れて自分の部屋へと向かった。




 ◇



 ちょっとぶりに自分の部屋へと帰ってきた俺は、とりあえず荷解きをする。

 そしてしーちゃんはというと、俺の部屋にテンションが上がったようでそのままベッドへダイブしていた。


 そして足をバタバタとさせながらエヘエヘと嬉しそうに微笑んでいるしーちゃんの姿は、とりあえず純粋に可愛かったのでそのままにしておく事にした。



「ねぇたっくん」

「ん?何かあった?」


 しかし、突然そんなバタバタをピタッと止めたしーちゃんは、ちょっと困ったような表情を浮かべながら話しかけてきた。

 一体何事かと思いながら、俺はしーちゃんの言葉を待った。



「――課題やってない」

「あっ――」


 そうだった。金曜日に出た数学の課題がある事をすっかり忘れていた。


 しかも最悪な事に、次の数学の授業は月曜日の一限からあるため、つまりは今日中に片付けておく必要があったのだ。

 今週はすっかり遊びに夢中になっていて、課題が出ている事がすっぽりと頭から抜け落ちてしまっていたのであった。



「まぁでも、思い出してくれて助かったよ。今からやれば間に合うだろうし、ちゃちゃっと済ませちゃおうか」

「そうだね、協力したらすぐ終わるよね」


 こうして浮かれていたのも束の間、俺達は慌てて数学の課題に取り組んだのであった。

 それでも、学年一位のしーちゃんがいるおかげもあり、大した時間を要さずに課題を終える事が出来たから助かった。


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