180話「お返し」

 ボウリング対決を終えた俺達は、少し中心部から外れにある公園へとやってきた。


 この公園は大きな噴水がある事で有名であり、地元のちょっとしたデートスポットになっていたりする。

 俺達は噴水近くのベンチに腰掛けると、少し休憩する事にした。



「わぁ、噴水すごいね」

「そうだね」


 勢いよく飛び出す噴水に、しーちゃんは子供のように瞳をキラキラとさせながら楽しんでいた。

 こうして初めて行く場所、初めて経験する事を素直に楽しんでくれるしーちゃんを見る度に、とにかく愛おしく感じられるのであった。



「何だか、この週末すっごく長く感じられたのは、きっとそれだけ充実していたからって事だよね」

「そうかもね。あかりんも来てくれたしね」

「うん、楽しかったなぁ」


 その言葉通り、楽しそうに微笑むしーちゃん。

 しーちゃんの言う通り、俺にとってもこの週末は本当に濃密でとても充実した時間だった。

 大好きな彼女と四六時中一緒に過ごしているんだから、それが幸せじゃないわけがなかった。


 だから俺は、そんなしーちゃんに改めて向き直ると話しかける。



「ねぇしーちゃん」

「ん?なーにたっくん?」

「えっと、ちょっと待ってね」


 そう言って俺は、鞄から一つの小包を取り出す。



「はい、これ。ホワイトデーのお返し。本当は明日だけど、今日渡した方が良いかなって思って」

「え?ありがとう!開けてみてもいい?」

「うん、いいよ」


 ホワイトデーのお返しを受け取ってくれたしーちゃんは、ワクワクした様子でその小包を開ける。


 そして、小包の中に入っていた箱を開けると、嬉しそうにその瞳をまたキラキラとさせる。



「わぁ!かわいい!」


 俺がお返しに選んだのは、ハーバリウムだった。

 しーちゃんのイメージにピッタリな、可愛らしい瓶の中に白いカスミソウが詰められたハーバリウム。


 正直何をお返ししたら良いのか物凄く迷ったけれど、たまたま見かけたこのハーバリウムを見た瞬間俺はこれに決めたのだ。

 だから、そんなお返しをちゃんと喜んでくれた事に俺は内心かなりホッとした。



「何だか、しーちゃんにピッタリだなと思って」

「えへへ、そうかな?――嬉しい」


 俺が素直に選んだ理由を告げると、しーちゃんは頬を赤らめながら照れていた。

 本当に、こんなに可愛くて特別な女の子なのに、俺のちょっとした言葉に照れながらも喜んでくれる事が俺はたまらなく嬉しかった。


 こんな相手、きっと世界中探し回ってもきっと見つからない。

 そう強く思えるぐらい、やっぱり俺には勿体無いぐらいの素敵な彼女――。



「じゃあ、お返しも渡し終えた事だし、そろそろいいかな?」

「え、そろそろって?」

「忘れちゃった?ボウリングで負けた方が、勝った方の言う事を聞くってやつ」

「あっ……」


 少し不満そうに、何もこのタイミングでと言いたげなしーちゃん。

 しかし、勝者は俺で敗者はしーちゃんなのだから、聞いたもののしーちゃんに拒否権などないのだ。


 だから俺は、お構いなしに勝者の権利をここで行使する事にした。



「それじゃ、言うよ」

「は、はいっ!」


 背筋をピンと伸ばし、これから俺に何を言われるのかドキドキしている様子のしーちゃん。

 そんなちょっとレアなしーちゃんを見ているだけで、思わず口角が上がってきてしまう気持ちをぐっと堪えながら、俺は言葉を続ける。



「じゃあ、しーちゃんへのお願い事です。――――好きです。ずっと大好きです。だからこんな俺だけど、これからもずっと側にいて貰えませんか?」


 そんなしーちゃんへのお願い事を告げると共に、俺はしーちゃんの手を取り優しく微笑みかける。

 ちょっとキザすぎたかなという気がしなくも無いが、俺はボウリング対決が決まった時からこうする事に決めていた。

 普段、中々照れくささもあり言えない言葉を、この機会にもう一度ちゃんと伝えたいなと思ったから。



「うん――ずっとずっと、離れないから。これからも側に――たっくんの隣に居させて下さい」


 そう返事をしながら、しーちゃんは抱きついてくる。その頬には、一粒の涙が伝っていた。



「うん、ずっと隣にいて下さい」

「もう!たっくん大好き!!」

「――俺も大好きだよ」

「たっきゅん!!」


 さっきよりぎゅっと力強く抱きついてくるしーちゃんを、俺も優しく抱きしめ返す。

 周囲に人が沢山いるわけではないが、人目をはばからず全身で愛を伝えてくれるしーちゃん。

 そんな気持ちが嬉しかったし、腕の中に納まるこの世界一大切な彼女の事を、俺はやっぱり絶対に離したくないと強く誓ったのであった。



 ちなみに、白いカスミソウの花言葉には「無邪気」という意味がある。

 そんなところも、何だかしーちゃんにピッタリなのであった。


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