177話「アイドルと未練」

「――よし、そろそろ仕事向かいますか」


 朝食を食べ終え、リビングで三人まったりと過ごしていると、時計を見たあかりんはそう言って気合を入れるように立ち上がった。



「そっか、夕方から仕事って言ってたもんね」

「うん、今日はテレビ番組の収録のあと雑誌の取材だったかしら。あー、考えるだけでしんどい。でも、おかげ様で良いリフレッシュになったわ」

「ならよかったよ、お仕事頑張ってね」

「うん、ありがと。紫音も頑張るのよ」


 今は違う立ち位置の二人だけど、変わらずお互いを思いやる二人。

 そんな二人を見ていると、微笑ましくてなんだか少し羨ましくなってくる。



「それじゃ、行くよ」

「待って、駅まで送ってく」

「そう?ありがと」


 こうして俺達は、仕事に向かうあかりんを駅まで見送ることとなった。

 それから駅までの道中、あかりんとしーちゃんはメンバーの近況の話を楽しそうに話していた。

 そんなしーちゃんを見ていると、きっと他のみんなにも会いたいんだろうなって思った。



「それじゃ紫音、また遊びに来るわ。それからたっくん、こんな紫音だけどこれからもどうか宜しくね」


 駅の改札前、あかりんは俺達にそう言葉を残して去って行った。

 そんなあかりんが見えなくなるまで、俺達はあかりんの事を改札前で見送った。



「――帰っちゃったね」

「――そうだね」


 少し寂しそうに微笑むしーちゃんの頭に、俺はそっと手を置く。

 そして優しくポンポンすると、しーちゃんは嬉しそうに微笑んでくれた。



「帰ろっか」

「うん、そうだね」


 こうしてあかりんを見送った俺達は、またしーちゃんの家へと戻る事にした。

 そして帰り道、しーちゃんはずっとあかりんやメンバー達の凄い所を教えてくれた。

 そんな話を聞いていると、やっぱりしーちゃんはまたみんなに会いたいんだろうなと思えてくる。



「しーちゃんはさ、みんなの事が本当に大好きなんだね」

「うん、大事な仲間超えて家族的な?」

「そっか――それじゃあしーちゃんはさ、前にも聞いたかもしれないけどやっぱりまたアイドルに戻りたかったりする?」


 俺の言葉に、しーちゃんは迷う素振りなど見せず首を横に振る。

 そしてニコリと微笑むと、俺の腕に抱きついてくる。



「前にも言ったけど、わたしは今がとても幸せ。だから、アイドルにはもう未練はないよ。ただね――」

「ただ?」

「もしわたしがまだアイドルで、たっくんともこうして一緒にいない世界線があったとしたらね、わたしはもっともっとアイドルとしてみんなと上を目指していたと思う。だからね、勝手だけどわたしはそれをみんなに期待しちゃうの」

「期待――」

「うん、わたしは抜けちゃったけど、わたしがいなくてもみんなならそれを絶対に成し遂げてくれるって。具体的に何をって話じゃないんだけどね、今のわたしはそんなエンジェルガールズの成功を願う一人のファンなのですっ」


 晴れ晴れとした様子で微笑むしーちゃんに、迷いなんて全く感じられなかった。


 もうアイドルに未練はないというのは、やり切ったからとかそういう意味ではなく、代わりにそれを成し遂げてくれると信頼できる仲間がいるから思えること。

 そして、だからこそしーちゃんはこうして俺と共に過ごす時間を心から楽しんでくれているのだということ。


 そんな気持ちが伝わってくるその言葉を聞けたことに、俺は満足した。

 だから俺も、そんなし-ちゃんに自分の気持ちも伝える事にした。



「うん、きっとあかりん達なら成し遂げてくれるさ。それに、俺にとっては今だってしーちゃんこそ一番のアイドルだよ」

「――え」

「いつも隣で楽しそうに微笑んでくれるし、そんなしーちゃんからはいつも元気を貰ってるから。だから、なんて言うか、その――いつもありがとね、しーちゃん」


 少し恥ずかしくなりながらも、俺も感じている気持ちを素直に言葉にしてみた。

 そんな俺の言葉を聞いたしーちゃんは、抱きついていた俺の腕に更にぎゅっと抱きついてくる。



「えへへ、嬉しいな。――でもそっか、それじゃあこれからもこの三枝紫音、たっくんだけのアイドルとして頑張らないとだね」

「あはは、専属アイドル的な?」

「うん、いつでも会いに行けるし、たっくんだけは触れてもオッケー牧場アイドルだよっ!」


 そう言って、すりすりと嬉しそうに自分の頬を腕に擦り付けてくるしーちゃん。

 オッケー牧場アイドルってなんだ?と思ったけど、そんな今日も可愛らしくて俺だけのアイドルな彼女を、俺はこれからも大切にしようと思った。



 今日は週末最後の日曜日。

 あかりんは帰ってしまったけれど、今日一日はしーちゃんとまた二人きりだという事に、俺はワクワクせずにはいられないのであった。


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