174話「覗き」
リビングで一人、とりあえずテレビを見ながら時間を潰す。
しかし、見ているテレビ番組の内容なんて全然頭に入って来なかった。
――今、しーちゃんとあかりんがお風呂に入ってるんだよ、な
駄目だと分かっていても、そんな考えが何度も頭をよぎってしまう。
あかりんは冗談で覗かないでよと言いつつ俺のことを煽ってきたけど、もし俺が本当にあの扉の向こう側へ足を踏み入れたらどうなるのかと思うだけで、今自分の置かれている状況にドキドキしてきてしまう。
ずっとテレビで見ていた国民的アイドルが、たった今同じ家でお風呂に入っているだなんて、やっぱりとんでもない状況だよなと再認識する。
そんな悶々とした感情を抱きつつも、まさか本当に覗くわけにもいかない俺は、一人大人しくテレビを見ながら二人がお風呂から上がってくるのをただ待つしかなかった。
「ふぅ、良いお湯だった」
「ねー、楽しかった」
一時間ちょっと経っただろうか、二人のそんな会話が扉の向こうから聞こえてくる。
そしてその声と共に、開かれる扉。
俺はその音に反応して振り返る。
するとそこには、パジャマ姿のしーちゃんとあかりん二人の姿があった。
あかりんはしーちゃんのパジャマを借りているようで、色ちがいのパジャマを着ているとまるで本当の姉妹のように見えた。
「ごめんね、待たせちゃって」
「なーに、たっくん?もしかして、わたし達のパジャマ姿に見惚れちゃった?」
二人の姿を見て固まっている俺を、ニヤニヤしながら早速いじってくるあかりん。
見惚れちゃったと言われればまさにその通りで、表では決して見せる事のない二人のその姿に俺は目を奪われてしまっていた。
「もう、あかりんはたっくんのこと揶揄いすぎだよ。それにたっくんも、あんまりあかりん見ちゃ駄目だからね」
そんな俺達二人のやり取りに、頬っぺたをぷっくり膨らませながら文句を言うしーちゃん。
そんな嫉妬する姿も可愛くて、思わず俺もあかりんも気が抜けて笑みが零れてしまう。
「じゃ、じゃあ俺も、お風呂行こうかな」
「あ、うん!もう用意してあるからいつでもいいよ!」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
今日も今日とて準備の良いしーちゃん。ありがたい限りだ。
こうして俺は、何だかここに居辛い感じもしたことだし、お風呂へ向かうことにした。
お風呂場へ着くと,まだ蒸気が残っているというか、さっき二人から香ったシャンプーの良い香りが立ち込めていた。
それだけで、また俺の心臓はドキドキとしてきてしまう。
もうこのお風呂を借りるのも何度目かになるものの、それでもやっぱり慣れる事は無いし、それに今日はあかりんというもう一人の美少女まで追加されているのだから、それはもう影響力は計り知れなかった。
まぁそんな事を考えていても仕方ないため、俺は覚悟を決めてお風呂へと入るべく上着を脱いだ。
ギィ――
――ん?今音しなかったか?
小さな音だったが、その音に反応して俺は後ろを振り返る。
するとそこには、ドアの隙間からこちらを覗く二つの目。
「――二人とも、何してるの」
「覗きです」
「覗きね」
「――いや、正直なのはいいけどさ」
何で二人の方が俺なんかを覗いちゃってるんだって話だった。
そしてバレたのなら仕方ないとばかりに、開き直って普通にドアを開けてくる。
その結果、上半身裸状態の俺を堂々と見物してくる二人の美少女。
一人は品定めするようにうむうむと頷きながら笑みを浮かべており、そしてもう一人は顔を赤くしながらも食い入るようにガン見してきていた。
どっちがどっちかなんて、言わなくても分かるだろう。
「やっぱり、お泊り会と言えば覗きがメインイベントじゃない?」
「そ、そういうことっ!」
そんな男子高校生みたいな謎理論を展開するあかりんに、全力で同意するしーちゃん。
「じゃあ、俺もさっき覗けば良かったのかな?」
「あら、それは流石にやり過ぎよ。常識的に考えて」
「あかりん、ブーメランって知ってる?」
「たっくん、そう易々と女の子を論破してはいけないわ」
俺が正論をぶつけると、何故か論破したはずの俺が注意をされてしまう。
なんていうかもう、そう言われては俺にはそれ以上何も言えなかった。
「は、はいっ!たっくん!」
すると、今度はしーちゃんがしっかりと元気よく挙手をしながら発言をする。
今度は何と思いつつも、俺はそんなしーちゃんの意見を聞く事にした。
「わたしは別にね、本当にたっくんが覗きに来てもね――」
「はいはい、そろそろいくよ紫音、たっくん風邪引いちゃうわ。それじゃたっくん、もう覗かないからゆっくりお風呂に浸かってね」
そう言うとあかりんは、またしても暴走するしーちゃんの腕を掴んでリビングへと戻って行った。
本当にこの二人は仲が良いというか相性が良いというか、日常がちょっとしたコントだった。
◇
それからゆっくりお風呂を頂いた俺は、リビングへと戻る。
するとリビングでは、二人は何やら話し合いをしていた。
何を話し合っているんだろうと思いつつ「ただいま」と声をかけて近付くと、二人ともこちらを振り向く。
「丁度良いところに戻って来たわね。ここはたっくんに決めて貰いましょう」
「分かった」
「え、なに?」
どうやら二人では決められなかった事を、第三者である俺に委ねようとしているようだった。
一体俺はこれから何の決定権を与えられるのかと、ドキドキしながら次の言葉を待った。
「たっくん、わたしは自分で言うのもなんだけど、それなりに有名人だと思ってるし、男の子がほっとかない程度には自分のことを可愛いと思ってるわ」
「う、うん。それはまぁ」
それなりどころか、超有名人だ。
オマケに超可愛いと思う。
「それでもね、紫音の彼氏だとは言え男の子と一晩共にするのなんて今日が初めてなわけ。その意味が分かる?」
「いや、それは……」
「ああ、言い方が悪かったわごめんなさい。何も悪い意味で言ったわけじゃないの。要するに、これはチャンスなのよ」
「チャンス?」
「そう、わたしは普通の子達みたいな青春を送る事が難しいから。だから、今日はわたしにとって貴重な機会なのよ」
あかりんの言葉に俺は、成る程と思った。
確かにあかりんぐらいの身の上になると難しいだろうことは、一般人の俺にも何となく理解できた。
そしてあかりんは、ここからが本題とばかりに微笑む。
「だから、ここはこの場で唯一の男の子であるたっくんに決めて欲しいの。わたしの今後の方向性を」
「ほ、方向性?」
「そう、わたしはこれからキレイ系で押していくべきか、それとも可愛い系で押していくべきか。男の子目線の意見を是非聞かせて頂戴」
そう言って、こういうのは夜だからこそ話せる内容よねと楽しそうに微笑むあかりん。
きっとあかりん的には、修学旅行とかで男女が集まって少し踏み込んだ話をするようなシチュエーションを今と重ねているのだろう。
一体何を言われるのかと思えばそんな事かと安心する反面、いやでもこれって割と重要な事かもしれないなと責任を感じてしまう俺。
でも、その質問に対する答えは俺の中では一つだった。
「あかりんは、あかりんのままがいいよ」
「え?」
「今日一緒に過ごして、素のあかりんを色々見られたんだけどさ。そんなありのままのあかりんが、俺は好きだなって思えたから」
「なっ――好きって――」
「ああ、好きってその、勿論人としてのそれだよアハハ」
顔を赤く染めるあかりんに、俺は慌てて補足した。
「たっくん!!」
「は、はい!!」
しかし、そんな言葉をしーちゃんが聞き逃してくれるはずがなかった。
「わたしは!?わたしはどうなの!?」
「どうって――そんなの、大好きに決まってるよ。俺にはしーちゃんだけだよ」
「たっきゅん!!」
嬉しそうに飛びついてくるしーちゃん。
どうやら本気で怒っていたわけではなく、ただこうするための口実なだけだったようだ。
「――成る程、紫音もこうなるわけだ」
そして、そんなしーちゃんを見ながらあかりんは、何かに納得したように呆れた笑みを浮かべているのであった。
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