172話「何気ない会話の中にも」

 しーちゃん家に戻った俺達は、良い時間だしそのまま一緒に晩御飯を作る事になった。

 しーちゃんの料理スキルはお墨付きなのだが、なんと今日はあかりんも一緒に料理をする気満々なのであった。


 ちなみに今日は、「自炊と言ったら、やっぱりカレーよね」というあかりんの提案で、これからカレーを作る事になっている。

 まぁ正直、カレーなら俺でも作れるし大丈夫だろうとは思いつつも、それでも何とも言えぬ不安があかりんからは感じられるのであった。



「あかりん、じゃがいもは芽を取らないと駄目だよ」

「え、目って何よ?この芋こっち見てるとでもいうの?怖っ」

「その目じゃなくて、根っこの芽ね。この部分にはソラニンっていう毒成分が含まれてるから、ちゃんと綺麗に取ってあげないと危ないんだよ」

「そら、にん?あぁ、だからじゃがいもってたまにボコボコしてるのがあるのね、勉強になったわ」


 手際よく、一つお手本にじゃがいもの皮むきをして見せるしーちゃん。

 そんな、俺でも知っている事をしーちゃんに教えて貰いながら、あかりんはピーラーでせっせとじゃがいもの皮むきに励んでいた。

 まぁその時点で、やっぱりあかりんは普段料理をしない事が分かってしまったのだが、それでも飲み込みの良いあかりんはすぐに要領を掴むと、手際よくピーラーを使いながらじゃがいもの皮むきをこなしていた。


 どうやらあかりんは、知識が無いだけで分かってしまえば何でも卒なくこなせてしまう人のようだった。

 それからニンジンの皮むき、そして食べやすいサイズに切り分けるまでを淡々とこなしていく。

 まぁそれも全てしーちゃんの分かりやすいフォローがあってのものなのだが、こうしてエンジェルガールズの二人が仲良くカレーを作っている様というのは何て言うか、見ているだけで微笑ましかった。


 そんなこんなで、カレー自体に作業工程はほとんど無いため、俺は野菜を洗うぐらいしか役割を与えられず、あとの炒めて煮込む作業はしーちゃんがやってくれる事となった。


 そうなると、必然的に俺とあかりんは手持無沙汰となるため、一緒にリビングでテレビを見る事になった。

 リモコン片手にチャンネルをコロコロと変えるあかりんは、とあるアニメのチャンネルで手を止めた。



「あ、しのぶんのアニメだ」

「しのぶん?」

「ああ、うん。声優やってる友達が出てるんだこれ」

「へぇ、友達――って、もしかして河野忍こうのしのぶのこと!?」

「うんうん、それそれ」


 よく知ってるねーと頷くあかりん。

 いや、知ってるも何も今話題の超人気女性声優ですけどっ!?――なんて驚いてみたものの、相手は現役トップアイドルなのだから知っていても何も不思議じゃなかった。

 というか、今普通に隣でテレビを見て会話をしているあかりんの方が貴重と言うか、本来こうして一緒にテレビを見るような相手じゃなかったっけ。



「声優って、凄いわよね。声だけでキャラに命を吹き込んでるっていうか。あ、勿論それは映像とか音楽とか、それらも相まって出来上がっているものではあるんだけどね」

「そうだね、俺にはとても出来そうにないかな。でも、あかりんだって演技上手じゃないか」

「そう?ありがとう。でも、わたしのは演技があってのもの。どっちがどうってわけでもないけど、声だけで演じるのとは違うわ」

「成る程なぁ。でもそれを言うなら、あかりんはアイドルもやってるわけだからやっぱり凄いよ」

「まっ、それ程でもあるかな」


 腰に手を当て、フフンとドヤるあかりん。

 そして吹き出すように笑うあかりんに、俺もつられて笑ってしまう。



「なになに?何楽しそうに話してるの?」

「別にぃー?ねぇーたっくん」

「あはは」


 あとは煮込むだけとなり、リビングに顔を出したしーちゃん。

 するとあかりんは、揶揄うように秘密だと言い出す。

 そんな、何も無いのに一言で二人だけの秘密があるように見せてしまうのは、やっぱりあかりんが一流の女優である事を物語っていた。


 そして、そんなあかりんの演技というか思わせぶりを前にしーちゃんは、慌てて俺の腕にしがみ付いてくる。

 それから威嚇するようにあかりんに向かってシャーシャーと鳴き出すしーちゃんは、とりあえず可愛かった。



「何?威嚇してるの?」

「こんな至近距離でも油断ならないとか、アイドル恐ろしい」

「あんたもアイドルだったでしょ」


 それも、わたしを差し置いてセンター張ってたゴリゴリのと笑うあかりん。

 そんなあかりんにつられて、俺もしーちゃんも確かにと笑った。


 本当にあかりんの言う通りで、国民的アイドルグループでセンターを張っていたしーちゃんこそザ・アイドルだったのだ。



「もう、あかりんったら」

「でもね、わたしは女優でありアイドルでもあるわけで、そんなわたしの代わりなんて誰にも務まらないと思ってる。だから、トータルでは紫音にだって負けるつもりはないわ。――でもね、アイドルという面だけ見れば、わたしは紫音には敵わないなってずっと思ってたのよ。歌もダンスも愛嬌も、それから誰にも無いスター性が紫音にはあるの。そんな紫音がアイドルを辞めちゃうんだから、本当に勿体ないと思うわ」

「ありがとう。でも、わたしは後悔してないよ」

「知ってる」


 あかりんも分かって言っているのだろう、微笑み合う二人。

 そんな二人の姿に、俺は何だか良いなって思った。



「ん?あかりん、このアニメ好きなの?」

「いや、これしのぶんがメインキャラの声優やってるのよ」

「あー、本当だしのぶんだ。元気してるかな?」

「この前たまたまスタジオで会ったけど、これからまた花粉症の季節が始まるって震えてたわ」

「あはは、しのぶん花粉症酷かったもんね」


 そう言って、超人気声優の花粉症話で盛り上がる二人。

 どうやら、うちの彼女も実はあのしのぶんと仲が良かったようだ。


 そんな、改めて有名人二人と過ごすプライベートというのは、何気ない会話の中にも浮世離れした情報が転がっているというか、聞いているだけでも面白いのであった。


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