171話「ファンとサインと神対応」

「あ、あかりんー!?」


 店内に響く声。

 それは、このお店の店員さんの驚く叫び声だった。


 幸い他にお客さんはいないようで良かったが、どうやら変装してても一目でそれがあかりんだとバレてしまったようだ。



「あ、バレちゃった?」

「もう、あかりんは警戒心が薄すぎるんだよ」


「し、ししし、しおりんまでぇー!?」


 そんなあかりんを笑っていたが、同じく店員さんに正体が即バレするしーちゃん。

 こうして、突如現れたエンジェルガールズの二人に驚いた店員さんは、緊張しているのかガタガタと震えながら完全に戸惑っていた。



「あ、あのっ!この間の武道館ライブ、い、行きました!そ、それからこの間の抽選の手書きポストカードも当てまして、あ、ほらっ!あそこに飾ってありますぅ!」

「あ、本当だ。当ててくれたんだありがとう。それに、あれは売り物じゃないんだね」

「も、勿論!僕の宝物ですよっ!!」


 バレてしまった事だし、サングラスを外して微笑むあかりん。

 そんな生あかりんの姿に、美しいだの神対応だのと喜ぶ店員さん。


 その様子から、どうやら店員さんはあかりん推しなようだ。

 以前はしおりん推しだったような気がするけど、そもそも既に引退しているアイドルを追う事も出来ないし、今はしおりんからあかりん推しに変わったという事だろう。

 その証拠に、以前は無かったあかりん特設コーナーまで出来ており、完全に店員さんの嗜好がお店によく現れているのであった。



「きょ、今日はどうしてこんな地方に?」

「ああ、うん、今日は休みだから遊びに来たんだ」


 そう言って、俺としーちゃんの方を振り向くあかりん。



「そ、そういえば以前二人はうちに来た事ありましたよね。あの時、しおりんがTシャツにサインして」

「あはは、ありましたね」

「も、もしかして二人はその――」

「はい、たっくんはわたしの大切な人です」


 察した店員さんに、何も包み隠さずはっきりと答えるしーちゃん。

 そんなしーちゃんの発言に、最初は驚くような落ち込むような反応をした店員さんだけど、諦めたようにふっと微笑むと「そうですか、おめでとう」と祝福してくれた。

 何もここで本当の事を話す必要は無かったと思うけれど、それでもしーちゃんは包み隠さず俺の事を大切な相手だと言ってくれた事が嬉しかった。

 その言葉には、アイドルしおりんとしてではなく、三枝紫音という一人の女の子として生きていくという意思が感じられた。



「あ、わたしは彼氏なんて居ないから安心してね。そもそも、忙しくてそんな暇もないし。今日だって本当に久々のオフなんだから」

「勿論、分かってるよ!あかりんはいつも頑張ってる!」

「うん、よろしい」


 満足そうに一度頷くと、少しだけアイドルモードを開放してウインクをしながら微笑むあかりん。

 その姿と言葉に、店員さんはもうしーちゃんの事は忘れてしまったように喜んでいた。


 そんなあかりんの振舞いには、店員さんじゃないけれど確かに神対応に思えた。

 もし俺があかりん推しだったら今のは絶対に感激するに違いないだろうなと思いながら、そうやって微妙な空気を変えてくれたところも流石だし、あかりんの凄さをまた分からされたのであった。



「ねぇたっくん、わたしのグッズ沢山あるよ!」


 そしてしーちゃんはしーちゃんで俺の腕を引っ張ると、興味深そうにショーケースに並べられた自分のグッズを眺めていた。

 そのどれもがやっぱり物凄い値段が付けられており、うろ覚えではあるが確実に並べられたグッズが入れ替わっている事から、この値段でも売れているという事だろう。


 そんな懐かしのショーケースを眺めながら、俺はあの時の事を思い出した。

 前に来た時は、まだお互いただのクラスメイトだった俺達。

 けれど今は、こうして一緒にこのお店にやってきて、そして一緒に並んで店内を見て回る事が出来ているという実感が嬉しかった。



「懐かしいなぁー。あっ、これデビュー間もない頃に書いたサインだ。今見ると下手っぴだなぁ恥ずかしい」

「そう?可愛らしいサインだと思うよ」

「え、そうかな?えへへ」

「そう言えば、さっき店員さんも言ってたけど、前ここでTシャツ貰ったよね」

「あ、うん!そ、そうだね」


 少し恥ずかしそうな反応をするしーちゃん。

 どうやらあの日の事は、しーちゃんにとってはちょっと恥ずかしい思い出なようだ。

 確かに改めて思えば、いきなりTシャツにサインを書いてプレゼントするなんてちょっとおかしな話ではあった。



「あの時は、ね。わたしのグッズにこんなにも価値があるなんて知らなかったから、だったらここでたっくんにプレゼントしたら喜んでくれるかなって思って」

「そっか。うん、嬉しかったよ。でも、よくよく考えたら何であの日しーちゃんもここにいたんだっけ?」

「え?そ、それはほら、ペンライトを買いに――ってあの場ではそう言ったけど、実は嘘なんだ。本当はあの日教室でたっくん達の会話が聞こえて来たから、ついてきちゃってました……」


 申し訳なさそうに真実を白状するしーちゃん。

 その内容にちょっと驚きはしたけれど、別にそれぐらい俺からしたら構わない話だった。


 というか、その頃からしーちゃんは俺に対して一生懸命でいてくれたんだという事が嬉しかった。

 だから俺は、そんなしーちゃんの手を取って微笑みかける。



「そっか、その頃からしーちゃんは一生懸命だったんだよね。俺も、もっと早くに気が付けてたら良かったね」

「たっくん……」


「はいはーい、店内でのいちゃいちゃ禁止でーす」


 見つめ合う俺達を引き離すように割り込むあかりんと、乾いた笑いを浮かべる店員さん。

 店員さんは、やっぱり元でも推しだったしーちゃんのそんな姿に、少なからずダメージを受けているようだった。



「紫音はここでTシャツを買ってサインしたのね、なるほどなるほど。じゃあお兄さん、このTシャツ買っていくわ」

「いや、あかりんからお代なんてそんな……」

「そういうのは良くないわ。商品はちゃんとお金を出して買わないと」

「じゃ、じゃあ、えっと、3000円になります」

「はい、ピッタリ!」


 こうして何故かエンジェルガールズのTシャツを買ったあかりんは、鞄から黒のペンを取り出す。

 そしてそのまま、たった今買ったTシャツに自分のサインを書くと、次にそのペンをしーちゃんへと渡す。



「はい、紫音もサイン書いて」

「え?うん、わかった」


 訳が分からないといった様子のしーちゃんだけど、言われたままサインを書く。

 こうして、あかりんとしおりん2つのサインが書かれたTシャツが経った今生まれたのであった。


 店員さんは、前のしーちゃんのサインTシャツの時と同じく、そんな貴重なTシャツを前に興奮していた。

 あかりんとしおりんのサインTシャツにもなると、相当希少な価値があるのだろう事は容易に想像が付く。



「はい、じゃあこれはたっくんにあげるわ。また機会があったら、他の子達にもサインを書いて貰いましょう。そしたら、たっくんはエンジェルガールズ公認ね」


 面白そうに微笑みながら、どうぞとTシャツを差し出すあかりん。

 何故それで公認なのかはよく分からないが、まぁ確かにこんな風にメンバーからサインを貰っている俺は公認なのかもしれないなと俺も笑った。



「そんな顔をしないで。このお店にもサイン書いていくわ」


 そしてあかりんは、羨ましそうにTシャツを見つめる店員さんに向かってそう声をかけると、それから受け取ったサイン色紙にサインを書いて渡した。

 そのサインに大喜びした店員さんは、ポストカードの隣にそのサイン色紙を並べて満足そうに眺めていた。



「にしても、紫音のグッズがわたしのより倍近く価値があるのは気に食わないわね」

「い、いや!これはなんていうか希少価値のあれでして」


 あかりんの何気ない一言に、慌てる店員さん。

 そんな店員さんに向かって、あかりんは冗談だよと笑う。



「まぁ、これもわたし達の事を愛してくれる人が沢山いるからこそだものね。紫音は抜けたけど、これからもわたし達はみんなを笑顔に出来るように頑張り続けるよ」

「あ、あかりん……」

「さ、それじゃ行きましょうか」


 あかりんのその一言に、感動して涙を浮かべる店員さん。

 そんな光景を前に、何故エンジェルガールズがここまで人気がある理由が分かった気がした。


 こうしてお店をあとにした俺達は、今度こそしーちゃんの家へと戻る事にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る